第九話



マチュショフの指示した場所は1〜2日程度で着く距離だった。
人間の地図にない土地で、そこに繋がる大河などは誰も知る由もなかった。
マチュショフはその大河から入り、出来るだけ城の近くに向かおうとしていた。
時間的に考えて、カリストラトフの襲撃は計画通り進んでいるだろうと、マチュショフは思った。
だが、出来るだけ早く救援に向かえば、生存者がいるかもしれない。
その者が生き証人となって、暴走寸前になる吸血鬼たちを抑えることができるのではないかと、考えていた。
トカチョフもマチュショフの焦りを感じていた。
また、今回の出来事は人外だけの問題ではなく、人間にも影響しかねない問題だった。
もしも、邪な奴らが化け物たちを支配したらどうなるか、考えるだけでゾッとしていた。
知る者しか知らない協定によって、保たれてきた人間と化け物たちの関係が崩れてしまう。
トカチョフは、自らが立たされた状況を認識し、マチュショフへの最善の協力をするつもりだった。


会議室では一触即発の状況だった。
カリストラトフにいつ襲いかかろうかと、会議の参加者たちは目を光らせていた。
だが、それに対抗するように響子が、殺気を感じる者たちに視線を向けていた。
カリストラトフは自らが計画する話を演説でもするかのように話していた。
ナチュラルの過激派たちを煽るために、この場でナチュラルの代表を抹殺すること。
そして、自らが過激派たちの指導者となり、ハイブリット種ならびにそれに加担する者たちを排除するということ。
すでにそれを成し得たかのように饒舌に語るカリストラトフの姿が壇上にあった。
語るのを終え、しばしの間がその場に流れた。
その間を埋める、第一声が放たれた。
この城の主である、領主が言う。

「カリストラトフ……。支配者になったその先に何がある?」

カリストラトフは悟ったかのような目付きで、領主を見た。

「力だ。吸血鬼……いや、化け物全てを統べる力。人間すらもひれ伏す力が、この支配の先にあるものだ」

領主はその返答でわかった。
こいつはすでに狂ってしまった。
化け物ゆえに、長い時を生きたがゆえに持つべき理性が飛んでしまった。
すでに、吸血鬼としての誇りも残っていないのではないかと、領主は思った。
そのため、この場はとてつもなく危険であると判断できた。
今、まともに会話出来ているが、いつ我々に襲いかかるともわからない。
領主はなんとしてもこの場の参加者を城から脱出させる必要があった。
ここで、参加者達が死ぬようなことがあれば、吸血鬼界での闘争が始まってしまう。
仮に数名が滅されたとしても、誰か生き証がいれば、各地の有力者を説得でき、争いを最小限に抑えることも可能だった。
城を出るまでと出た後のルートはすでに考え付いている。
城に多く隠された非常通路を使い、近くに流れる大河に向かう。
そこには数名を乗せれるだけの船がある。
そうすれば、この危険な奴らからある程度距離を保てるはずだ。
だが、最初の非常通路に行くためには、この部屋をでなければならない。
領主はタイミングを見計らっていた。



「領主様たちの身に危険が迫っている。兵を集めろ」

外では、領主の部下達が動きはじめていた。
軍服を着た老人が指揮を執っていた。
彼は大昔からこの地を納める吸血鬼の部下として、尽力してきた。
今回も彼の役目を果たすために行動を起こした。

「あまり、派手に動くな、敵に察知されれば終わりだ」
兵たちも状況をわかっていた。
老人の指揮に従い、静かに・速やかに配置につく。
会議室の天井にあるステンド硝子の周りに兵たちが集まっていた。
老人は右手を振り下ろし、突入の指示を出した。


領主は、天井での異変に気づいた。
榎本たち占拠者もほぼ同時に気づいた。
響子は参加者たちの方へ刃物を取り出しながら、駆け寄った。
だが、その間に天井から侵入した兵士が壁を作った。
身を挺してである。
カリストラトフも兵士たちに邪魔されていた。
その隙を見て、領主は参加者たちへ叫ぶ。

「私についてきてください!退避します!」

数名の参加者が兵士たちと一緒にカリストラトフたちに襲い掛かろうとしていたが、領主の声で制された。
皆で、占拠者を倒すことは難しいと領主は考えていた。
榎本と響子の存在が彼にとって脅威だったのだ。
会議室を出ると、領主の部下達が、非常通路まで誘導する。
だが、数分もしないうちに会議室から響子が出てきた。
恐らく、兵士たちを全員打ち倒したのだろう。
外にいた兵士たちは、逃げる参加者達を守るように展開する。

「すまない」

領主は盾となる部下たちの背中を見ながら、城からの脱出を図った。



B-439は最大出力で航行していた。
トカチョフは予定より早く着くなと、計算した。
一方で、士官控え室では、原田たちが到着後にカリストラトフと一戦するための準備を進めていた。
銀の銃弾、銀のナイフなど、普段の戦闘では目にしないような装備を確認していた。
そんな中、原田があることを質問した。

「カリストラトフってのはそんなに強いのか?代表者の候補がいる中に一人で突っ込んで、返り討ちに遭うんじゃないか?」

マチュショフはそれに答える。

「代表候補たちは武力ではなく、統率力が必要になってくる。今の人間社会と近いな。
政治や経済に精通した者が国を管理するように、吸血鬼界も多くの思想を持つ者を管理せねばならないし、人間達とも関係を保たないといけないからな」
「なるほど、ということは、会議の参加者が束になっても負ける可能性があるってことか」
「そうだな。代表者はあくまで方針を決める存在だからな。昔の始祖様のような王は存在しない。力を必要としなくなった世界に王は必要ない」

マチュショフは説明しながら、徐々に暗い表情になっていた。

「折角、平和を築いたのだ。カリストラトフは大昔の制度を復活させるつもりなのだ」
「そんなことはさせない。俺らも昔のような、化け物が好き放題する世界なんざ、ごめんだな」

原田は、ピストルを腰のホルスターに納めながら言った。
その場にいた皆が、その話を聞きながらそれぞれに心で決心していたようだった。
マチュショフは思った。
彼らに仕事を頼んでよかったと。



領主たちは城を脱出し、森を彷徨っていた。
すでに一日が過ぎつつあった。
目的とする大河まで一直線で領主はルートを考えていた。
だが、敵の追撃は早く、すでに補足されていた。
領主は多くの部下を失いながら、身を隠し目的地に移動中だった。
今は、気配を消す術式を用いて、敵からの発見を免れていた。
しかし、発見されるのは時間の問題だった。
領主は、近くに敵が迫っていると薄々感じ始めていた。
足音も確実に近い。

「ここにいたか」

ざっと、領主たちの隠れる木々が切り刻まれた。
そこにはサングラスの男とマフラーをした女がいた。
榎本と響子だ。
カリストラトフの姿は見受けられなかったが、領主たちは自分達の最後を覚悟した。

「さて、これで追加報酬を……」

榎本が響子に攻撃の指示を出そうとした。
響子も攻撃態勢に入り、大刀を握る手に力が入る。
榎本が手を振って、指示を出そうとした瞬間。
領主達の目の前に何かが割り込んできた。
それは、勢いよく、榎本に斬りかかる。
響子は目標をそっちの斬りかかってきた者に変更する。
榎本に向けて振り下ろされた刀は、響子の大刀によって防がれた。

「まさか、お前達が間に合うとはな……原田」

榎本に襲い掛かったのは原田だった。

「よう、久しぶりだな。相変わらず、物騒な女を引き連れやがって」

原田は視線を榎本に向け話した。
だが、意識はしっかりと響子に向けられている。

「君たちがここに来るまでに俺の予想だと、あと、1日はかかると思ったが……」

榎本は少し残念そうに頭を抱えた。

「運び屋が優秀だったものでな」

原田は笑った。
原田たちをすぐにでも送り届けようと、トカチョフはエンジンがオーバーヒートするのを覚悟で、航行したのだった。
マチュショフの的確な道案内もあり、かなりの短時間で現場に到着した。
さらに、領主がうまい具合に榎本たちから逃げていたのも影響した。

「とにかく、目的を果たすには、お前達を排除しないといけないようだな」

榎本はそう言うと、手を動かした。
空間を操り、原田たちを捻じ曲げようとした。
だが、原田たちは空間が操られる前に動いた。
原田と福本はそれぞれ違う動作をした。
榎本の意識が両方を捉えられないようにだ。
だが、榎本は原田にずっと狙いをつけていた。
福本はそれに気づき、榎本に拳銃を向ける。
引き金が引かれる寸前、福本の拳銃にナイフが突き刺さった。
その衝撃で福本は拳銃を落としてしまう。
邪魔はさせないとばかりに、響子が福本に襲い掛かってきた。
大刀を福本に振り下ろす。
福本はなんとか後ろに飛び、真っ二つにされるのを免れる。
だが、響子の攻撃をいつまでも避けれる自信はなかった。
次の攻撃がどう来るか、福本は視線を響子から外そうとしない。
響子の横ぶりの一太刀は、福本の首を狙っていた。
福本は、読んでいたのか、思い切りしたにしゃがみ込んだ。
それと同時にマチュショフが福本の背後から飛び掛ってきた。
響子は突如として、目の前に現れた吸血鬼に動揺した。
マチュショフの鋭い爪をなんとか、大刀で受ける。
マチュショフは、響子の持つ刃物がどれも銀製であることに気づいた。

「この女とは、相性が悪いな……」



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