第十話



原田は、マチュショフが戦いに加わったのを確認し、安心した。
福本だけでは、響子に敵わないと思ったからだ。
しかし、自分も仲間のことを意識している暇はなかった。
自分の身も十分危険だった。
榎本は原田の持つ刀が届かない絶妙な距離を保ち、空間を操り攻撃していた。
原田は、空間が歪む際のわずかな感覚の変化を感じながら、攻撃を避けていた。
まさに紙一重の回避運動だ。
拳銃の引き金が引かれるのを見て、弾丸を避けるようなものに近い。
体力的な問題もあり、いつか榎本に完全に捉えられるだろうと、原田は思っていた。
榎本との絶妙な距離を補える武器はあった。
腰に備わっている拳銃だった。
ただ、抜くタイミングが微妙だった。
刀を片手で持ち、腰に手を回し銃を抜く、そして、狙いをつけて撃つ。
この流れを榎本の攻撃を避けつつ行う必要がある。
いつもなら、簡単にできるが、相手の攻撃が特殊すぎるため、相手への意識を欠くことを恐れた。

「これでは埒が明かないな」

榎本は呟いた。
原田はその言葉から嫌な予感がした。
榎本の両手に何かしら力が込められる感じがした。
すると、今まで一箇所だった空間の歪みが、二箇所・三箇所と複数の歪みが発生する。
危うくその一つの歪みに囚われそうになる原田だったが、なんとか避けることに成功する。
その際大きくバランスを崩すが、隙を突かれまいと、銃撃で榎本を牽制する。
特殊な弾丸であるため、命中すれば榎本もただではすまない。
自然と原田に対する意識も薄れる。
原田はその小さなタイミングにかける。
原田は残弾の全てを一定間隔で撃ちつつ、榎本の意識が自分に集中するのを阻止した。
その間に原田は自分の一太刀が届く範囲まで進み出る。
榎本は銃撃の次に原田がどう行動するか、ある程度予測していた。
予想通りの動きではあったが、思うように回避できなかった。
一振りが来ると身構えた榎本だったが、一突きでの捨て身に対処できなかった。
原田は無理な体勢からさらに次の攻撃へと移る。
突き出たかと思うと、その腕を引き寄せ、さらに横一線に刀を振った。
その瞬間、榎本は腹部にかすり傷を負う。
簡単に避けれると思っていたこともあり、榎本は動揺した。

「人間のわりに良くやるな」

榎本は平常を装った。
原田はすでに精一杯だったため、榎本の動揺に気づかなかった。
次の攻撃をどうするかお互いに思考する。
先に動いたのは榎本だった。

「しかし、あの数珠が無くなったのは惜しかったな」

榎本は行動ではなく、言葉で原田の様子を探ることにした。

「あの力を吸い取る数珠があれば、俺の力もある程度は下げれたのだろうが、残念だな」

榎本はわざと、余裕を見せることで、原田が先に動きやすいような状況を作った。
原田がどう動くにしろ、間近に迫った所で空間ごと消失してやればいいと、考えたのだ。
だが、原田は動こうとはしなかった。
原田は刀を見せ付けるかのように前に突き出した。

「全くもって残念じゃないね」

それは、はったりの言葉ではなかった。

「確かに、重要な道具を失ったのは事実だ。だが、今はこれがある」

原田の言葉に呼応するように、刀は輝いた。
その輝きに榎本は込められている力が計り知れないものだとわかった。

「先代たちが、妖怪に預け、妖怪によって鍛えられた妖刀だ。どんなものだって薙ぎ払って見せるさ」

その言葉を聞いて榎本は笑みを浮かべた。

「原田、良く言った!人間にしておくにはもったいないほどだ。貴様は絶対に消し去ってやる」
「あぁ、なんでもいいさ。かかって来いよ妖怪!」



響子の攻撃をかわしながら、マチュショフと福本は共闘していた。

「福本!援護を!」

前衛で戦うのがマチュショフで、援護射撃を行うのが福本だ。
響子の武器は、二刀の大刀から死神が扱うような大鎌に変わっていた。
綺麗な三日月型をした刃先、柄の末端にも鋭い槍が付いており、斬撃も突きもどちらとも可能な武器だった。

「あいつ、あんな異常な武器はこないだまで持ってなかったぞ」

福本は愚痴を呟く。
それを聞いたマチュショフは率直な感想を言う。

「あれだけ、銀製の武器をそろえてるんだ。自分の好きなオーダーメイドでもやったんだろうよ」

マチュショフからそんな冗談みたいな言葉が出てきたことに福本は少し吹いた。
こいつも人間味があるなと、思ったのだ。

「そうだな、全く悪趣味な女だ」

福本はそう返した。
響子はじっと、二人の動きを見つめている。
殺気を感じ取り、次の行動をどうするか決めているのだ。
状況をどう打開するか、福本は考える。
ただの人間である自分では響子に太刀打ちできない。
マチュショフならば、力押しで勝てるだろうが、相手は銀製の武器で身を固めている。
下手に心臓でも突かれれば、ひとたまりも無い。
吸血鬼にとっては天敵だった。

「奴の攻撃を俺に引き付ける。その間に一撃を加えられるか?」

福本は、マチュショフに問いただす。
マチュショフは少し笑みを浮かべた。

「無論だ」

福本は一撃のために隙を作らないといけない。
どうやって、響子の攻撃をこちらに向けるか考える必要がある。
福本は自分の唯一の武器である拳銃を見つめた。
これを盾にするしかないと福本は考えた。
結論が出てからは、すぐに行動を開始した。
残弾をうち、響子の注意を引き付ける。
響子の攻撃範囲へと完全に入る。
銀色の鎌が振り下ろされた。
刃先に注意しつつ、福本は拳銃を両手で押さえ、盾にした。
ずれていたり、切れ味がよければ、福本は間違いなく死んでいた。
なんとか、響子の一撃を凌いだ。
響子が状況を判断し、次の攻撃に移るまでのこの時間が決着をつけるチャンスだった。
マチュショフはすでに動いており、響子の首元に鋭い爪を突き立てる。
響子は回避した。
首など急所に当たることはなかったが、左肩へと命中した。
左肩を負傷した響子は、素早く後退。
右手だけで、鎌を構えていた。
表情に苦痛の様子が見える。
それは、顔の下半分を隠していても、目元を見ることでわかった。
響子は満足に戦うことができない、福本はそう判断した。
力押しで勝てるはずだと、結論を自分の中で出した。


榎本は響子の様子を確認していた。
助けに行きたいが、自分も強敵に苦戦していた。
明らかに当初と動きが違う原田はかなり手ごわかった。
完全に刀の力と一体化していた。

「ここまで使いこなすとは……」

近距離での戦闘になれない榎本は懐に徹底して入ってくる原田に対処しきれないでいた。
避けては、攻撃することの繰り返しだが、状況は一転しない。
原田も焦りを感じていた。
疲れが出始めていたのだった。
早々に決着をつけねばならない
これはお互いに思っていたことだった。
しかし、榎本はこちらの戦いだけに集中するわけにはいかない。
響子を失うことは、戦力を大きく欠くことになる。
榎本は原田との戦闘を中断することを考え出した。
ただ、撤退するタイミングもまた、考えねばならない。
下手に撤退する様子を見せれば、その隙を原田たちは絶対についてくる。
人間離れした動きのため、移動する前に何かしらの一撃があると考えたほうが良かった。
榎本は考えながら、原田の攻撃を避けていたが、あることに気づいた。
原田の攻撃が大振りになってきている。
これは勝てるチャンスなのか、撤退するチャンスなのか。
二択のどちらかを選ばねばならないと榎本は考えた。
次の攻撃が来る、やはり大振りになっていた。
原田が再び攻撃する体勢を取ろうとした瞬間を榎本は見逃さない。
榎本は前蹴りを食らわせる。
原田は腕でそれを受けたが、体勢を完全に崩した。
その隙に榎本は、原田に空間消失の攻撃を加え、同時に響子の所に移動する。
体勢を崩した瞬間に榎本の攻撃がくると、予測した原田は、体勢が崩れた瞬間に勢いに任せて大きく飛退いていた。
それが幸いし、榎本の攻撃を避けることができた。
原田は起き上がり、後ろを振り返るが、すでに榎本の姿はなかった。


響子にとどめを刺そうと、福本とマチュショフは挟み込むように立っていた。
福本はすでに攻撃手段がなかった。
一応、近接戦闘用にナイフを持っていたが、妖怪相手ではあまり役に立たないだろう。
攻撃の要はマチュショフだった。
そのマチュショフへの意識が出来るだけ薄れるように福本は響子の注意を逸らさせようとしていた。
そんな微妙な間合いを取り合っているうちに、状況が変化した。
突如として現れた榎本は福本たちに攻撃をしかける。
空間消失を二人は避けた。
福本は発生するまでの流れを知っているため、どの位置で起こるか予測して回避した。
マチュショフは初めて受ける攻撃だったが、空間のわずかな歪みを感じとり、行動を起こしていた。
榎本は二人の戦闘体勢が崩れたのを確認すると、響子の負傷していない左肩に手を置いた。

「時間はある程度稼いだ。カリストラトフも次の計画を始めたはずだ」

榎本は響子に囁く。
そして、福本たちに視線を送る。

「残念だが、時間だ。俺達は立ち去るよ」

福本が瞬きする間に二人の姿は消えていた。
一応、この場は凌いだのかと、福本は判断した。
直ちに代表達を確保せねばと次の行動を考え出した。


後ろから続いていた、ヴィクトルたちによって、代表達は確保されていた。
福本は代表達の安否を心配しなくても大丈夫だったなと、思った。

「マチュショフ、全員無事だ。これで奴の計画は破綻したんじゃ?」

ヴィクトルは質問する。
だが、マチュショフの表情は今だ険しい。
「いや、代表達の暗殺に失敗しても、奴は別の手立てをしているはずだ。以前から過激派たちを集めていた様子だからな。次の動向に注意しないと……」

次の行動についてマチュショフは考え出す。

「城に一旦戻ってみてはどうだろう?情報収集も必要だ。他の箇所で何が起ころうとしているか、各地に問い合わせてみよう」

考え込むマチュショフに領主が声をかけた。
福本も領主の判断に賛成する。

「領主の考えに賛成だ。状況の再確認が必要だ」
「そうだな。では、領主よ。私達を城まで案内をお願いしたい」

次の行動が決まった。
ヴィクトルは、自分とマールは吸血鬼たちについていくことにし、サクルたち残りメンバーをB-439に戻るよう指示した。
マチュショフも今後の動きで、移動手段がどうなるかわからない。
そのため、B-439には引き続き待機していてほしかった。
自分の考えを伝えてほしいと、サクルに考えを伝えることにした。
福本たち一行は城へと移動を開始した。


移動する不思議な集団に原田は合流した。
榎本との戦闘で他のメンバーから離れていたのだった。
原田は福本に会うとすぐに文句を言う。

「榎本を逃がした。次は確実に仕留めてやる」

いつもの原田か、と福本は肩を落とす。
それと同時にお互いの無事を安堵した。



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