第八話



海水の独特な臭いがし、水面が小さく波打つ。

「桟橋を切り離せ!こいつらが艦にとりついたら厄介だ」

B-439の艦橋で副長のレシンが指揮を執っていた。
すでにドック内にも吸血鬼化したテロリストたちが迫っていた。
潜水艦のデッキに少人数を配置し、防衛にあたっていた。

「陸続きでなければ、奴らは通って来れないようだが……」

レシンは今までの敵の動きから行動できる範囲を把握していた。
桟橋を外して、潜水艦への道を断ったが、艦に取り付く方法はいくらでもあった。
もしも、主犯格の吸血鬼がこの吸血鬼たちを指揮しだしたら、こちらに勝ち目はなかった。
ヴィクトルたちがここへ退却していることは無線で情報を得ていたため、レシンはただただ、帰ってくるのを待っていた。
一方、艦長のトカチョフは艦の各所点検を徹底させていた。
いつでも、離脱できるように万全の体制をとらせている。
士官たちの精神力が保たれたとしても、兵士達も同じように保たれるとは限らない。
そのため、トカチョフは指示を出すと同時に、兵士達の様子も伺っていた。
彼らの表情からは明らかに不安が浮かび上がっている。

「傭兵部隊が帰還!」

艦橋から大声で報告が来た。
レシンは発見者の指差すほうを見た。
トカチョフも思わず、梯子を一気に上り、レシンの横まで来た。
だが、戻ってきたのは4名でうち2名は捕虜であった。
安たちのグループである。
安と範は2名の捕虜を囲うように立ち、銃撃しつつ走った。
捕虜は4名連れていたが、吸血鬼化したテロリストによって、2名が吸血鬼化させられた。
安たちは潜水艦に向けて、ただ走った。
桟橋は無いため、安たちはそのまま海へと飛び込み、デッキにいる兵士たちに引き上げてもらった。
吸血鬼たちは安たちの進んだルートを辿ってきたが、海に飛び込むまではしなかった。

「良く無事だったな。ヴィクトルたちは?」

トカチョフが引き上げられた最初に上って来た安に艦橋から問いかけた。

「作戦が予定通りに進みませんでした。我々は捕虜を連れて先に帰還いたしました」

報告する安の後ろで範が捕虜を引き上げていた。

「その捕虜を艦内へ。知っていることを全て聞き出す」

トカチョフが指示を出すと、安が引き上げられた捕虜の腕を引っ張りながら、艦内へと連れて行った。
範はもう一人の捕虜に安についていくように合図を出した。
その後、範はデッキに残り、防衛戦へと参加する。
吸血鬼たちは潜水艦の周りを彷徨いながら、獲物を探していた。

「彼らはまだか、早くしないと我々も危ない……」

レシンは唇を咬みつつ状況を危惧していた。


「武器はしっかり確認しとけよ」

ヴィクトルは自らに言い聞かせるように言い放った。
皆、考えてることは同じであった。
恐らく、エレベーターを降りた先には大量の吸血鬼たちがいるだろうと。
ゴウン、とエレベーターが大きな音を立てて止まった。
ドックの階層まで到達したのだった。
そして、エレベーターの扉が金属の擦れるような音を出しつつ、開いていく。

「急げ!艦を出すぞ!」

開くと同時に遠くから声がした。
数メートル先に潜水艦が見え、その上に数人の人影が見える。
甲板に出ていたレシンが原田たちの姿を確認し、すぐに来るよう大声で催促してきたのだった。

「言われなくても」

原田は小さくこぼした。
すぐに駆け出すつもりだったが、周囲に吸血鬼たちがいては容易に駆け出せない。
ヴィクトルは直ちに近くにいる吸血鬼たちを撃ち倒しはじめた。
それに続くように、マールたちも銃撃を始める。

「続くぞ」

福本が原田に言った。
ヴィクトルたちに続くように福本は駆け出す。
原田は福本の後を追った。
吸血鬼たちは、退避する人間に群がるように集まっていく。
それに伴い、ヴィクトルたちの弾の消費量も増えていく。
原田たちの間近にまで吸血鬼たちが寄ってくるが、甲板からの支援射撃で退けられる。
皆、必死に駆け抜け、潜水艦を目の前にした時、それぞれに甲板へ飛び移った。
レシンは全員が甲板に飛び移ったのを確認すると、司令室に全員回収の報告を行った。
それを聞き、司令室に戻っていたトカチョフが潜水の指示を出す。
各員がすでに準備を進めていたため、潜水はすぐに開始された。


原田たちが装備を片付けている間に捕獲したテロリストの尋問が行われていた。
トカチョフとレシン、そして護衛として安がその場にいた。
テロリストは大人しく椅子に座っており、いつでも質問に答えれる状態だった。

「お前達の行動は現政権への不満からきているのは分かっている。だが、なぜ吸血鬼などと共に行動を起こした?」

レシンが尋問を始めた。

「俺達は装備も人員も充実している。しかし、それだけで、ロシア軍に勝てない。そこで、軍にも勝る協力者を得たかった」
「なるほど、それで奴を仲間に入れたのか。で?どうやって知り合った?」
「仲間か……。正確にはお互い利用しあったというのが適切だろう。
あの吸血鬼と知り合ったのは、俺達が隠れ家で今回の作戦を練っている際に、突如として俺達の前に現れた。向こうから押しかけてきたんだ」

テロリストは次々と過去の出来事を話した。
そして、マチュショフが知りたがっていた内容を質問する。

「吸血鬼の目的はなんだった?」
「奴は、人間や吸血鬼たちの注目が東シベリア海に向いている間に別のことを起こそうとしていたようだ」
「別の?」
「あぁ、俺達を囮に使って、奴は重大な会議か何かを襲撃する計画を考えていたらしい」
「会議とはなんだ?何の会議か聞いてないか?」

テロリストはその問いに首を振った。

「そこまでは聞いていない」

レシンはもうこれ以上、このテロリストから聞きだせることはないと思った。
レシンはこれからどうするか聞こうと後ろを向いた。
そこには考え込むトカチョフと、いつの間にか来ていたマチュショフがいた。
レシンはマチュショフが何か知っているのではないかと思い、質問する。

「マチュショフ。彼の言う会議ってのは何のことだと思う?」

マチュショフの表情は硬い。
あまり良いことはないなと、レシンは感じていた。

「まずいな。カリストラトフは……。吸血鬼の次期代表を決める会議で何かやるつもりだ」

マチュショフは焦りだしていた。
吸血鬼集団において、東シベリア海での出来事により、過激派の集団が暴走しないかと各方面に有力者が散っていたのだった。
会議の護衛をする者も会議場の領主の部下だけだ。
あとは、参加者が連れてきた数名の従者だけである。
カリストラトスの実力からすれば、恐らく圧倒することは可能だった。

「艦長!帰港は先延ばしにしていただきたい。目的地の変更を願います!」

マチュショフの今までにない感情的な発言を聞き、トカチョフはマチュショフの進言を聞いた。


領主は次々と訪れる会議への参加者たちを迎い入れていた。
皆の風貌は、貧乏な領主に比べてとても華やかだった。
領主は出迎えると同時に部下達に参加者を案内するよう指示を出している。
会議開催の段取りは初めてであったが、順調に仕事を遂行していた。
参加者を議場へと案内し、席に着かせ、あとは場が落ち着いたところで、会議を始めるだけという状況だった。
領主は、会議後の食事会などの段取りついて部下と打ち合わせを終えてから、議場へと向かった。
議場の扉の前には衛兵が二人いた。
衛兵は領主の顔を見ると、無条件で扉を開いた。
領主はそのまま議場へと入っていくが、室内のあまりの静けさに違和感を覚えた。
入ってすぐに疑問は解決した。
議長の席に何者かが立っていたのだ。

「本日は、皆様良くお集まりになられました」

まさに灰色を連想させる男の姿、アンドレイ・カリストラトフだった。
驚きの顔をした者や怪訝な顔をした参加者たちの視線がカリストラトフに向けられている。

「貴様!何のつもりだ!」

ハイブリッド種の吸血鬼が大声を上げる。
カリストラトフは何も気にすることなくその吸血鬼に目を向ける。

「黙れ、穢れた混血め。俺がこの場に来た理由は大体分かるだろう?」

吸血鬼界において、カリストラトフのハイブリットへの嫌悪は有名であった。

「この議場の面子を利用して俺は吸血鬼界での支配者となる」

カリストラトフはさらっと言う。
それを聞いた参加者たちは苦笑いをする。

「支配者?我々の実力を知っているだろう?お前一人で我々をどうできると?」

参加者はカリストラトフを恐れないといった風に発言する。
領主は今がいい機会かと、衛兵たちに指示を出す。
カリストラトフを捕らえようと衛兵たちが動き出す。
だが、衛兵は動いた直後に何者かに襲われた。
領主が目にしたのは、長い黒髪をした女の姿だった。
その女が現れると同時に、周囲にいた衛兵たちは灰と化した。
異変に気づいた他の衛兵がその女に襲いかかる。
だが、女は衛兵が近づく前にナイフを投げ、衛兵たちを仕留めた。
目で追うのが難しいほどの速さだった。

「下手に動くとそうなるぞ」

カリストラトフはにやりと笑って言い放つ。
すると、カリストラトフの横に突如として、サングラスをした男が現れた。
榎本だった。
そして、榎本にゆっくりと近づく黒髪の女、響子は、最初に使った大刀を懐に納めていた。

「皆様にご紹介しましょう。私の今回の協力者、榎本と響子です」

カリストラトフは不気味に発言する。

「貴様!他国の化け物の力まで借りるとは!堕ちるとこまで堕ちたな!」
「なんとでも言ってくれ。こちらが有利なのは変わらんからな」

参加者たちは動くに動けなくなった。
響子の装備は、銀製の武器ばかりだった。
カリストラトフが企てる計画に従わざるを得ない状況となっていた。

「では、早速。私が支配者になるための計画について説明しましょうか」

カリストラトフは不気味な笑みを浮かべながら、今後の計画について淡々と話だしたのだった。


マチュショフはトカチョフに目的地の変更を進言した。
新しい目的地は、辺境の地である。
誰も行ったことがない、ましてや地名すら始めて聞くものが多かった。
その地に向かっている間にマチュショフはカリストラトフが企てる計画を皆に説明した。
説明といっても、あくまでマチュショフの推理なのだが。

「奴は、会議に場において、ナチュラルの吸血鬼たちを殺すつもりだ」

最初の文言に皆驚いた。

「なんだって、そんなことを?」

原田が思わず、発言していた。

「まぁ、最後まで聞け。会議の場において、ハイブリットたちがナチュラルを謀殺したという知らせを各地に流し、
ハイブリット種に敵意を持つナチュラルたちが決起するのを促すつもりだ」
「なるほど、偽りを持って、過激派を煽るってわけか」

福本がマチュショフの話を理解したという風に発言する。

「その通りだ。ナチュラルには自分が幹部になれなかったのに、ハイブリットが幹部になっていることに劣等感を持つ者も多い。
また、純血を重んじる者も多く、混血であるハイブリットを嫌悪する思想も根強い。
そういった、面子が事を起こすようにカリストラトフは策をめぐらしてくるはずだ」
「それで?もしも、奴の計画が成功したらどうなる?」

ヴィクトルが質問する。
マチュショフは少し間をおいて、返答する。

「大陸において、全ての化け物たちを巻き込んだ争いが起こる。次期、人外種をまとめる長を決めるためのな……」

皆、それぞれに頭を抱えた。



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