第七話



がらんとした司令室の中に残っている者たちは、情報収集に手を焼かれていた。

「侵入者は二手に分かれているようです」

監視カメラや交戦したメンバーの通信から推測した情報を伝える。
ジャルコフは現状とその情報から敵がどう動くのか考えていた。
先に侵入したグループは排気口などを通り移動を試みているのが分かる。
そして、最後に確認された位置からすると、目的地はこの司令室だと予測された。
ジャルコフは机に広げられた設計図を見つつ、敵の進行ルートを考えていた。
現在、3つのグループに分けて任務を与えていた。
一つ目は、サクルたちへの対処、二つ目は原田たちへの対処、三つ目はドックに侵入した潜水艦の制圧だった。
だが、一つ目の対処が失敗し、排気口に逃げられてしまった。
さらに、二つ目も現状からするとうまく凌げれるか怪しかった。
ジャルコフは考え、三つ目の潜水艦制圧に全戦力を注ごうとした。

「指示を出す。現在遂行中の任務を放棄しろ、全員ドックの制圧にあたるぞ」

ジャルコフはそういうと自ら武器を取り、司令室を出ようとする。

「おい、どうするつもりだ」

カリストラトフは呼び止める。
その表情は一種の怒りが浮かんでいるようだった。

「こっちに勝機があったんじゃないのか?」
「状況は変わった。この部屋が襲撃され俺が死ぬよりも、敵の脱出手段を奪った方がこちらに有利になる」
「困るな……このままじゃ明日にでも、いや今日にでも決着がついてしまう」
「何を言っている?」

明らかにカリストラトフの発言がおかしいとジャルコフは感じた。
ジャルコフはカリストラトフを警戒し、銃口を下に向けた状態で武器を構えた。
その様子に気づきつつもカリストラトフは話を続ける。

「あと2,3日は持つと思っていたが、そうすれば、大陸の方で準備が完璧に整ったのだが」
「さっきから、何の話をしている!?」
「まぁ、せめて侵入者を殲滅してくれると助かるけれど」

カリストラトフはそう言うとぱちんと指を鳴らした。



原田たちは急ぎ、司令室へと向かっていた。
時間的にサクルたちが司令室へと着く時間だったからだ。
できれば同時に司令室制圧の攻撃を仕掛けたかった。

「この状況じゃ、私の計画が狂ってしまったと言わざるを得ないな」

マチュショフは壁に体を隠しつつ言った。
現在、敵に発見され、通路で戦闘になっていた。

「安心しろ、敵は二、三人だ。タイミングを見て処理してみせる」

ヴィクトルはそう言うと、壁から身を乗り出し発砲した。
その瞬間、敵の一人の体が跳ねた。
見事に息の根を止めた。

「俺にも任せてくださいよ」

マールもヴィクトルと同じように発砲する。
ヴィクトルはマールに続くように再び発砲する。
ほぼ同時に残った敵を仕留めていた。

「これでクリアだ」

ヴィクトルは言う。
それを見て福本は思わず声を漏らしていた。

「さすがなもんだな」
「これが職業なもんだからな」

皆、身を隠していた壁から出てくるや、再び目的地へと向け足を向ける。
そして、先ほど仕留めた敵の死体を横切る際にマチュショフはあることに気づいた。

「まて、こいつら何かおかしいぞ」

ヴィクトルは何も感じていなかったため、マチュショフの発言を不可解に思った。
だが、原田と福本はマチュショフが吸血鬼であるという点からこの発言に警戒心を持った。

「マチュショフ?何があるのか教えてくれ」

福本が問いただす。
そして、マチュショフは何かを口にしようとした瞬間。
三体の死体がむくりと起き上がった。
その表情に生気は伺えず、動き方もだらりとして人間の動きとは思えなかった。

「カリストラトフめ!血を吸いやがったか!」

マチュショフは激昂の篭った声を出していた。



司令室で異変が感知された。
監視カメラに移っているのは歩く死体の映像だった。
しかも、ジャルコフの部下達の死体だった。

「カリストラトフ!これはどういうことだ!」

ジャルコフは怒りの声を上げた。
カリストラトフは鼻で笑い、返した。

「彼らが死んでも戦いたいというからね。ちょっとばかり吸血鬼化させてあげたんだが」
「貴様!」

ジャルコフは銃口をカリストラトフへと向ける。

「そんなものこちらに向けるなよ。まぁ、撃ったところで死にはしないが」

ジャルコフもそのことはわかっていた。
吸血鬼には特殊な武器でないと効果が無いということを。
ジャルコフは銀の弾などを用意しておらず、カリストラトフを打ち負かす武器は持っていなかった。
それでも、銃口をカリストラトフに向け、いつでも撃てる体勢を取っていた。
司令室に残った者たちはその様子を固唾を呑み見守る。
沈黙の時間が長く感じられた。
だが、次の瞬間、沈黙を破る出来事が起きた。
天井の排気口の蓋が突如外れたのだ。
皆がそちらに気を取られた。
ジャルコフも銃口を音のした方向へと向けていた。
だが、カリストラトフはその瞬間を見逃さなかった。
背を向けたジャルコフに手刀を一突きしていた。
吸血鬼の鋭利な指先により、ジャルコフは重傷を負う。
その一瞬の出来事が起きている最中に排気口からサクルたちが出てきた。
しかし、それと入れ違うようにカリストラトフは司令室を出ていた。
サクルたちの目に映ったものは、血を流すジャルコフに駆け寄るテロリストたちの姿だった。

「お前達、大人しくしていろ」

サクルが銃を構え、その場の者に言い放った。
ジャルコフを囲むテロリストたちは、ジャルコフを気にしつつ抵抗の意志がないことを表すように両手を挙げた。
ラーミーと安はジャルコフに駆け寄り、傷の程度を見ようとしていた。
範はサクルと並び、テロリストが妙な行動をしないか監視していた。

「この傷は酷い……」

ラーミーがジャルコフを抱きかかえつつ、呟いていた。
ジャルコフの背中には大きな穴が開いていた。
そこから大量の血が流れ出ていた。

「心臓に達してはいないが、この傷ではどうしようもないぞ……」

ラーミーは応急処置をしても無意味だと判断していた。
すると、ジャルコフがわずかに口を動かしていた。

「お、俺達は囮でしかない……」
「何の話だ?」

唐突な発言に治療を試みようとするラーミーは困惑した。
ジャルコフはそれに構わず口を動かす。

「奴らは大陸で事を起こそうと、俺達を利用した……」
「おい……一体……」
「俺達はそれでも構わなかった。囮として利用されようと、目的を達成さえできれば……」

ジャルコフは笑みを浮かべつつ、静かに息を引き取った。
テロリストたちは、悲痛の表情を浮かべる。

「一体、何があるっていうんだ……」

サクルたちは状況が読み取れなかった。

「とりあえず、こいつらを連行しろ。俺とラーミーで作戦を続ける」

安と範は無言で頷き、無抵抗になったテロリストたちをドックまで誘導する。
サクルとラーミーは安たちと離れ、再び、抵抗するテロリストたちの制圧へと向かった。



原田たちは階段を駆け上っていた。
息を切らしつつ、敵から逃げるように駆ける。

「こうなることも予測して、マチュショフは参加したのか」

原田がそう言うと、マチュショフは首を振りつつ言う。

「まさか、ここまで状況が最悪とは思わなかった。
私は、主犯格の吸血鬼を説得もしくは、連行するためにやってきたが……」
「テロリストたちを吸血鬼化させるとは思ってなかった。っと?」

福本はマチュショフの続きの言葉を先に言った。

「あぁ、これで今持っている装備のほとんどが効果がなくなった。銀の弾も数に限りはある」

マチュショフは吸血鬼相手に戦うことを予測して、銀の弾を用意していた。
しかし、テロリストたちまで吸血鬼化してしまっては、全員に使っていては数が到底足りなかった。

「それで、上に逃げているのには意味があるのか?」

福本が質問する。
後ろで、ヴィクトルとマールが迫ってくる歩く死体たちに向かって銃撃を行っていた。
その音を聞きつつ、マチュショフは考えを述べ始まる。

「この施設は居住区画と作業区画とで別れている。
今、私たちがいるのは、居住区画にあたる。この様子からすると、居住区画の下層では歩く死体でいっぱいだろうからな。作業区画に最下層まで降下する作業エレベーターがある。そいつに乗るために今、作業区画へと繋がる通路へと向かってるとこだ」
「なるほどね。だが、エレベーターが襲撃されることは?」

原田はすぐに思いつくような不安点を質問した。

「それに関しては安心しろ。吸血鬼化に適応できない人間は酷く知力が落ちる。
レベーターを止めるなんて思考には至らない。まぁ、力ずくでやろうとしても、資材を運搬するために用意されたエレベーターだ。それなりに頑丈になっているさ」

問題ないのか、あるのかわからない解答ではあったが、原田たちはマチュショフの判断に従うことにした。

「しかし、吸血鬼ってのはこんな簡単に血を吸うものなのか?」

ふと、思った疑問を原田はこぼした。

「いや、そんなことはない」

マチュショフは少し力の篭った声で言った。

「吸血行動は許される行為ではない。以前はお構いなしだったが、現在では他種へ血を混ぜる、他種の血が混ざることはご法度であると、吸血鬼界隈での総意だ」
「なるほど、血を混ぜる、混ざることは許されぬ行為だと」
「あぁ、吸血鬼は無用に混血の吸血鬼を増やしてしまった。そのせいで、本来、カリスマとして存在すべき種族としての品格を穢す結果となった。
安易に吸血行動を行う者が急増し、一時期、人外側と人間側の双方で大きな問題となった」

マチュショフの表情は出会ってから今までに見たことのないような表情だった。
重く、暗い様子を浮かべる。
その後は、皆、黙り目的の場所へと向かった。


どのくらい階段を登ったろうか。
原田たちは息を切らしていた。
マチュショフは突如、立ち止まった。
それにつられるように、原田たちも足を止めた。

「ここだ」

原田たちは作業用エレベーターのフロアへとついた。
そして、目の前にはエレベーターのドアがある。
マチュショフはボタンを押す。
機械独特の重低音を出しつつ、エレベーターが動き出す。
いつ攻撃を受けるともわからないため、皆、沈黙しつつ周囲を警戒する。
エレベーターが原田たちのいるフロアに到達。
ゆっくりとドアが開いていく。
先頭に立つ、ヴィクトルは銃を構えた。
中から敵が出てくるかもしれないと警戒したからだった。
中の様子が分かる程度まで開いた瞬間、全員の視線はその隙間に集まった。
敵が乗っている様子はなく、緊張の空気が緩むのが感じられた。
一同がエレベーターへ乗り込もうとした瞬間、ヴィクトルが突如として銃を構える。
それと同じタイミングで何者かがエレベーターから飛び出してきた。
エレベーターの端により身を隠していたようだ。
ヴィクトルはすぐにでも撃ちそうな体勢だったが、出てきた人物たちを見て、引き金にかける指の力を抜いた。
相手も同じ動作をしたようだった。
エレベーターにいたのはサクルとラーミーだった。
二人は安たちと離れた後、主犯格の追跡と敵の排除に対処できないと判断し、潜水艦へ戻り安たちと合流しようと行動の変更をしたところだった。

「よかった、お前達は無事だったのか」

ヴィクトルが安堵の篭った声で言った。
サクルがそれに対して返答する。

「はい、安たちも捕虜を連れて、潜水艦に戻っているころでしょう」
「そうか、俺達も状況の変化から潜水艦へと戻ろうとしていたところだ」
「状況の変化?」

ラーミーが質問する。
二人はまだ吸血鬼化したテロリストたちには出会ってなかった。

「敵の死体が動きだしたんだ。主犯格の吸血鬼がテロリストたちの血を吸っていたらしい」
「そんなことが……」

ヴィクトルの説明にラーミーは驚いた表情を見せた。
小説や映画の中で起こるようなことが現実でおきてしまった。
やはり、この手の世界になれた人間でなければ動揺は起こるか、とマチュショフは思った。

「ここで話していても、時間を浪費するだけだ。潜水艦へと向かおう」

マチュショフがヴィクトルたちの会話を終わらせるように間に入った。
皆、頷くとエレベーターへと乗りドックのある階を目指した。



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