第六話



B-439はクラーケンの襲撃を受けたものの、なんとか目標へと接近を続けていた。
すでに資源採掘施設は目と鼻の先にある状態だった。

「いよいよだな」

マチュショフは呟いていた。
B-439は機関を停止し、その場に静止していた。

「んで?ここで停まって次はどうする?」

原田はだるそうに言い放った。
士官室で待機していた原田たちは突如、司令室に呼び出されたのだった。

「これから侵入作戦の説明を行う」

マチュショフは原田の言葉を気にもせず話を続ける。
海図の上に広げられた施設の設計図にマチュショフは近寄る。
皆、その動きを目で追っていた。

「まずは、侵入する部隊を2つに分ける」

指でVの字のジェスチャーをしつつ、話す。

「今から水中より侵入する部隊と潜水艦を乗りつけた後に侵入する部隊の二つだ」

マチュショフは設計図に指差した。

「魚雷発射管から隊員4名を艦外へ、その後、海水淡水化装置の点検口より施設内に潜入。そのまま上へ登っていくと淡水化装置の管理室へと出れる。
そこで、その装置を強制終了して欲しい。そして、司令室制圧へと向かってくれ」
「そのメンバーについてだが、安、範、サクル、ラーミーの4人だ。サクル、お前が指揮を執れ」

マチュショフに続き、ヴィクトルが指示を出した。
名前を呼ばれた4人は無言で頷いた。
マチュショフはその様子を見つつ、次の説明を始める。

「この施設は一箇所に異常があると、一旦、全システムを自動的にチェックする作りになっている。
そのため、セキュリティもゆるくなる瞬間がある。4人が装置を止めてから30秒間ほどシステムが動かないと考えて良い。その間に我々は浮上する」

周囲の人間は黙ってマチュショフの説明に聞き入る。
マチュショフは説明を続けた。

「そして、浮上したと同時にヴィクトルたちは直ちに艦外へ。周囲の安全を確保。その後、施設の司令室目指して突き進んでくれ。
先に入った4人と合流するのは、司令室でとなる」
「艦の護衛は?」

福本が疑問を投げかけた。

「自分の艦ぐらい、自分たちで守れるさ」

それに対し、トカチョフが胸を張って答えた。
その周りにいる乗組員達も同じ考えであったようだ。

「艦には十分な銃器が積載されています。彼らだけでも人間相手なら対処できるでしょう」
「相手が人間ならな」

原田がぼそりと呟いた。
福本はその発言が聞き取れないようにと、言葉をかぶせてきた。

「それで?ドックから侵入するメンバーは残りの全員で良いのか?」
「あぁ、そうだ。ヴィクトル、マール、福本、原田。そして私だ」

自分を指差しつつ、マチュショフは答える。

「マチュショフも出るのか?」

福本は艦に残るものだと思っていた。
そのため、思わず言葉が出ていた。

「そうだ。奴らが何を仕出かすか分からない。吸血鬼の私が加わっていた方が何かと便利がいいと思うが?」
「そうだな。敵に吸血鬼がいる以上、それを知ってる面子がいるに越したことはない」

ヴィクトルはマチュショフの言葉に付け足していた。
一通りの流れはわかったが、福本はもう一つ疑問に思ったことがあった。

「制圧するメンバーはわかったが、敵の潜水艦はどうする?」
「それに関しても、B-439の乗員に制圧・破壊を行ってもらおうと思っている」

マチュショフはそう返答した。

「今回参加している乗員は皆、戦闘訓練も十分に受けている。一方的にやられることはまず無いだろう」

トカチョフは皆を見回しながら言った。

「皆の帰る手段だからな。それに、これは私の艦だ。しっかりと守るさ」

その力強い声に皆、頷いた。
この任務を成功させようとする意志が結束されたかのようだった。


作戦説明が終了し、いよいよ出撃となった。
水中より侵入する4名はすでに魚雷発射管の中に待機していた。
装備はAKS-74Uを有している。
ただ、水中で何があるか分からないという点から、サクルだけがSPP-1M水中拳銃 を持ち合わせていた。
発射管の中に海水が流れてきた。
いくらスクーバダイビングの装備をしているとはいえ、目の前で水かさが増して行く光景は不安であった。
海水が発射管の中を完全に満たしたらしく、ハッチが徐々に開いていくのがわかった。
各員がそれぞれ、発射管から外へと出て行く。
施設内の状況までは伝えられないが、施設に潜入するところまでは半漁人の報告を受けることができる。
しばらくの間、司令室に沈黙の時間が流れた。
マチュショフは施設の設計図を見続けていた。
トカチョフはいつもどおり、毅然と経っているが、時々、時計を気にしていた。
皆、それぞれに作戦がうまく行っているのか気になっているようだった。
そんな中、ズセが突如、言葉を放った。

「4名とも点検口に到着したようです。一人ずつ中に入っています」
「よし、前進する。ドックの真下までだ」

トカチョフは敵のセキュリティが薄くなる瞬間にすぐにでも浮上できるよう体勢を整えようとしていた。
海水淡水化装置の停止を確認することは、艦内からでは無理だった。
そのため、半漁人たちに装置の稼動状況を見てもらっていた。
皆、次の知らせがあるまで、沈黙していた。
いつでも、次の行動に移れるように構えている。
ズセがぴくりと動いた。
その動作に皆気づいた。

「装置が止まりました」

ズセの報告を聞くと瞬時にトカチョフが指示を出す。

「よし、浮上だ!」

号令と共に、船体が金属独特の軋みを響かせながら、浮上していく。
海面に黒い巨体が出現する。
そのタイミングに合わせたように、ハッチを開け、原田たちが施設内へと潜入していく。
ヴィクトルは周囲の様子を伺い、敵がいないことを判断する。
ヴィクトルはそのまま飛び出した。
それに続き、マールが出てくる。
後を追うように福本と原田が二人が飛び出す。
そして、マチュショフが浮遊するかのようにハッチから出てきた。
数秒後、異常を知らせる警報が施設内に響いた。



ジャルコフは思わず椅子を倒しつつ立ち上がっていた。
見張りをつけていたにも関わらず敵の侵入を許したからだった。
司令室から二つ下のフロアにおいて、部下への被害が出ていた。
しかも、ドックには潜水艦が侵入している。
ジャルコフは今回の作戦は失敗したと考えていた。
ここで敵を殲滅できたとしても、参加している戦力が減ってしまった以上、ここを保守することはできないと考えたからだ。
しかし、今できることは、損害をできるだけ減らして、ここを離脱することだった。

「司令室には最低限の人数だけを置いて、他の者たちは敵に対処せよ」

ジャルコフはそう指示を出す。
すると、10名ほどいたメンバーのうち7名が武器を取り、部屋を後にしていた。
残った3名は電子機器の扱いに長けた者たちである。
また、今は監視していも意味が無いコンソールについていた者も席を外した。
ジャルコフは無線を握りしめ、状況を把握しつつ、各所に指示を出していった。



海水淡水化装置のメンテ通路から侵入したサクルたち4人は、1階上のフロアに移動していた。
そこで、敵と対面し、釘付けにされていた。
サクルたちは排気口を利用して、司令室へと移動しようと通路へと出たのだが、タイミングが悪く、ドックへ移動中の敵と遭遇してしまった。

「なかなかに厄介だな」

射撃の機会をうかがいつつ、サクルが呟いた。
安は黙ったまま、機械的に銃撃をしていた。

「もっと、周囲の確認をすべきだったんだよ」

ラーミーは軽い口調で言う。
サクルは言い返す。

「あまり悠長にもやってられないだろ」
「時間をかけるとことかけないとこをだな……」
「今はここを抜けることが先決だが」

二人のやり取りに対して範が横槍を入れる。
サクルとラーミーは顔を見合わせ頷く。
サクルはハンドシグナルで制圧射撃の指示を出した。
安とラーミーがまず射撃を行う。
敵の攻撃が弱くなったのを確認するとサクルと範は通路へと飛び出した。
安とラーミーは二人が飛び出すと誤射をしないために射撃をやめる。
通路の所どこにはドラム缶などの遮蔽物があった。
サクルたちはそこに身を潜めると、今度は自分達が制圧射撃を開始した。
安とラーミーが前進を開始する。
この距離になると、安とラーミーが敵を確実に仕留めれる位置にまで進むことができる。
安たちがサクルたちを通りすぎると、サクルたちは射撃をやめた。
射撃が止んだことで、敵は再び攻撃を始めようと動き出す。
敵が体を乗り出した瞬間、後ろへと跳ね飛んだ。
安たちが通路の中央で身を乗り出した敵を狙い撃ったのだ。
敵が混乱したと判断するや、サクルたちは敵の隠れる通路の曲がり角へと走る。
そして、至近距離での射撃を行い、敵を殲滅した。

「さて、これで安心してダクトに入れるな」

サクルは弾倉を交換しつつ、呟いた。



「予想より敵に会わないな」

原田は歩きながら言った。
その前を進む、ヴィクトルが返事をする。

「どうやら、サクルたちに気を取られてるようだ」

原田たちはサクルたちのように排気口などを通るルートを選んでいなかった。
純粋に通路を使い、階段を登るといった道のりだった。

「あとは、ドックの潜水艦とかに気を取られてるんじゃないか?」

福本も自分の推論を述べた。
確かにな、とヴィクトルは心の中で同意していた。
潜水艦のクルーはそれなりに訓練を受けてるから、簡単にやられはしないだろうと思った。

「俺だけでも残ってたほうがよかったのか?」

マールが少し心配したように言った。

「制圧への戦力を割くわけにはいきません。貴方はこちらに参加してもらわないと」

マチュショフが言う。
マチュショフ自身がこの作戦内容を考えている。
艦の護衛は彼らで行えると踏んだからこその判断なのだ。

「逆に艦よりも、自分達の心配をした方がいいですよ」

マチュショフは意味深な顔で言う。
その言い方に違和感を覚えたのか、ヴィクトルは尋ねる。

「吸血鬼のことか?」
「確かにそれもありますが、やけくそになったテロリストも注意が要ります。それに……」

マチュショフは何かを言いかけたが、その瞬間に爆発が起きた。
原田たちが今から登っていこうとしていた階段の上からだ。
接近を予測したのか、敵が手榴弾を使ったようだ。
だが、うまく転がらず、中途半端なところで爆発したようだった。

「爆発物かよ。危ないことをやる」

ヴィクトルは呟いた。
そして、階段へと近づき様子を伺う。
敵も爆発の失敗に驚いているようで、こっちに攻めてくる気配がない。
奴らは素人か?とヴィクトルは思った。
防衛戦闘に関してもジャルコフは経験しているはずだった。
ならば、ヴィクトルのやり方などを教訓に作戦を展開するはずだった。

「敵は、指揮官の質と兵士の質が違うみたいだ。これは俺達だけでも制圧できるぞ」

ヴィクトルは原田たちに伝えた。

「俺達は必要な時以外は、対人戦はしないぞ」

原田はぶっきらぼうに言う。
ヴィクトルは鼻で笑う。

「あぁ、わかってるよ。マール、行くぞ」

マールは黙ったまま頷き、ヴィクトルに続く。
ヴィクトルは閃光弾を上の階に投げ込み、炸裂を確認すると、一気に駆け上った。
その後、銃撃音が数発聞こえたかと思うと、静かになった。
マールが階段の踊り場まで下りてくると、手招きをしてきた。
片付いたから登って来い、といわんばかりの動作だった。
マチュショフと原田たちは、黙ったまま階段を登っていった。



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