第三話



外はまだ暗闇に覆われている。
その中でちらほらと建物には明かりが灯っている。
原田たちは、飲み屋から出るとそれらの景色を眺めた。
倦怠感を覚えつつも、マチュショフの案内に従いタクシーの場所へと向かう。

「襲撃部隊のメンバーはすでに基地の前で待機しているようだ」

ヴィクトルはタクシーに乗り込みながらマチュショフに伝えた。
マチュショフは無言で頷いた。
原田たちも二人に続き、乗り込む。
まばらに灯った明かりの中、タクシーは目的地へと向かう。
皆、車内で終始無言でいた。
原田、福本の場合は、何が起こるのかと、身構えているせいもある。
全く知らない土地である。
窓から見える世界も自然と違和感を覚えてくるものだ。

「さて、そろそろかな」

マチュショフは呟いた。
そう言ってから、数分進んだところで、タクシーを停めさせた。

「ここからは少し歩いていく」

マチュショフが言うと、皆黙って車から降りる。
タクシーは料金を受け取るとその場を去った。
目的地まで歩くのかと、原田は怪訝な顔をする。
男4人が列を作り、夜道を黙々と歩いていく。
事情を知らぬ者が見れば不審者集団に見えていただろう。
福本は、異国の地でそんなくだらないことを考えつつ、マチュショフに続いた。
すると、少し先に金網が見えてきた。
雰囲気からすると、軍事基地のフェンスのようである。

「あれが、私達がお世話になる基地の入り口です」

マチュショフの言葉に、やはりかと福本は思った。
徐々にフェンスが近づいてきた。
すると、その付近に人影が見えてきた。

「お、隊長さんたちのお出ましか」

その中で最も身長の低い男が言った。
顔がしっかりと見える位置まで来ると、国籍の混在した面子だとわかった。
ユーラシアの典型的人種をそれぞれ連れて来たかのようだった。
中肉中背の中国人は安(アン)と範(ハン)という名らしい。
体型は原田たちと変わりはなかった。
そして、先ほど声をかけてきたマールはスラブ系にしてみては体格が小さく思えた。
残る二人はアラブ系であり、サクルとラーミーと名乗った。
5人とも流暢な英語で話していた。

「彼らがあなたの選んだ人材で?」

マチュショフが値踏みするように5人を見回した。
皆、じろじろ見られたのが気に入らなかったのか、マチュショフに鋭い眼光を向けた。
その様子から、この5人が只者ではないことは予測できた。
マチュショフだけでなく、原田たちもそれを感じとっていた。

「まぁ、いいでしょう。では、全員そろったことですし、出発地点へと行きましょう」

マチュショフはそう言うと、集団の先頭に立って歩き始めた。
基地内は暗く、目を凝らさなければ足が躓きそうになる状態だった。
しばらく、歩いていくと、波の音が強く聞こえるようになった。
港まで来たようだった。
その中で、唯一照明の当たっている場所があった。
1隻の潜水艦が係留されている場所だ。
そして、マチュショフたちの到着を待っていたかのように、二人の男がそこにはいた。
二人とも軍服を着ていることから、軍人とわかった。
片方はかなりの高齢で、もう一人は、かなり若かった。
この対照的な二人にマチュショフは近づいていく。

「大佐、どうもお待たせしました」
「いやいや、時間ぴったりといったところだ。さすがは吸血鬼といったところか」

大佐と呼ばれた老人は、トカチョフだった。
トカチョフはマチュショフと握手をすると、その後方へと目を向けた。
まずは、ヴィクトルを見て、傭兵5人組、そして原田たちへと視線を向けた。

「吸血鬼に多国籍の傭兵部隊、そして化け物退治の専門家か。ユニークな面子が集合したものだ」

トカチョフは揃っているメンバーを見て、感想を言っていた。

「外で立ち話もなんだ。皆、中に入りたまえ。あまり良い環境ではないが、客室はしっかりと準備している」

トカチョフは皆を招き寄せる。
その動きにつられるようにマチュショフを筆頭に原田たちも潜水艦の中へと導かれていた。
B-439の中は想像通りの狭さであった。
ディーゼルの独特の臭いが鼻についた。
トカチョフが先頭にいるため、乗員は皆、立ち止まり敬礼していく。
だが、その視線は旅の同行者がどういった者たちなのかと、追いかけてきていた。

「今回の航海は士官を減らしているからな。士官室を客間として使ってくれ」

案内された先はテーブルと椅子がある部屋だった。
原田は部屋を見渡し、あるものがないことに気づいた。

「すまない。ベッドはどこに?」
「あぁ、それはまた別の部屋だ。案内しよう」

部屋に案内される前から原田は思っていた。

「ここ数日の間もまともに寝れそうにないな……」



ジャルコフは制圧した施設の管理室にいた。
各コンソールに部下を数名配置させている。
ジャルコフは部屋をうろうろしながら考え事をしていた。

「何か落ち着かないようだが?」

ジャルコフの様子を見ていた男が言った。
視線の先には白髪でやせ気味の男が立っていた。
アンドレイ・カリストラトフという吸血鬼だ。
カリストラトフはジャルコフら武装集団と手を組んでいた。

「やはり、ロシア当局の動きが気になってな。
容易にここまでたどり着けないとは思うが、可能性はゼロではないからな」
「鎮圧部隊の心配か。こないだから言っているが心配する必要はない」
「だがな……」
「いいか、ここにはレーダーが備わっている上に、俺の目がある。
まず、氷の上を進行してくる部隊があるなら、真っ先に気づく」

カリストラトフは自分の目を指差しながら答えた。
ジャルコフもその指に気を取られ、思わず目で追っていた。

「ならば、俺達みたいに海から侵入する場合はどうなる?」

その質問に対して、カリストラトフは少し時間を置き答えた。

「海にも予防線は貼っているよ。まず、人間では簡単に超えられまい」

そう答える際の表情はとても薄気味悪いものだった。
ジャルコフは思っていた。
こいつは、味方の吸血鬼を裏切り、自分達に味方しているが、その思惑が全くわからなかった。
いつ何をされるかわからないなと、ジャルコフはカリストラトフに警戒心を持っていた。


ユーラシアの地方にある人々に気づかれない古城があった。
そこに数名の男たちがいた。
皆、色白であり、少し人と違った雰囲気を漂わせていた。

「領主様、ハイブリットの代表も決まってきました。会議の準備も急がねばなりません」

高級な背広姿の男たちの中、唯一、軍服を着ている老人が発言した。
領主と呼ばれた男がそれに返答する。

「あぁ、このような僻地が会場に選ばれたのだ。その分、責任は重大だな」
「えぇ、次期王を決定する会議……。何が何でも成功させなければなりません」

周囲にいる男たちも沈黙のまま頷いていた。

「ただ、領主様。ナチュラルの一部が過激な行動に出ているとの情報もあります」
「話は聞いている。数的にハイブリットが増えてきているからな。
次期王にハイブリットがなる可能性も高い。それを危惧する古株もいるだろうからな」

名も無き地方の一領主であるこの男は、思いもよらない重役に心身ともに疲れつつあった。
恐らく、会議開催中に何か問題が起こるはずだろう。
下手をすれば、吸血鬼の幹部同士の派閥争いが加速する恐れもある。
折角、幾許もの時間を費やしてまとまった吸血鬼社会だ。
自分のミスで崩壊させるわけにはいかない。
領主は肩に乗る見えない重みにしっかりと耐えることを誓った。


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