第二話



約束の日になった。
原田と福本は事務所に待機していた。
すると、こないだと同じように事務所のドアがノックされる。
マチュショフがどのようにして迎えに来るのか様々な想像をしていた原田たちだった。
ただ、現実は面白みのないもので、タクシーが迎えに来ていた。
一路、空港へと向かうためだった。

「二人とも準備は完了していますか?」

マチュショフがタクシーを背に発言する。
その光景はとてもギャップを覚えるものだった。
原田たちは頷くと、タクシーのトランクに荷物を入れた。
その途中、マチュショフが原田の腕を掴んだ。

「必要なものは用意するよう言いましたが……これを持って出国はできないでしょうね」

マチュショフは原田の持つ刀のことを言っていた。
普通の旅行者でも刃物の持込については意識するものだ。
しかし、普段空港を利用しない原田にとっては全く考えていなかった。

「私は別ルートでウラジオストクに向かいますので、これは私が持っていきましょう」
「すまない。頼む」

原田は刀をマチュショフへと預けた。
マチュショフはそれを大事そうに受け取り、肩に背負った。
そして、チケットなどを原田たちは受け取る。
タクシーに乗り込み、ここでマチュショフと別れた。
近場の空港から新潟へと向かい、そこからウラジオストク航空を利用して領内を目指した。



ウラジオストクの軍港では訓練や任務のため、様々な艦が出入りしていた。
修理のためにドックに入っている艦もある。
それらの艦とは別にひっそりと隠れるように港に停泊する潜水艦があった。
現在、修理中として登録されているB-439潜水艦である。
B-439はこれから東シベリア海へと向けて出向する準備をしていた。
元々、秘密裏に事を進められなければならない場合に移動手段として用いるため、修理中として扱われていた。
そして、今回が移動手段として使うべき時であると、判断されたのだった。
乗組員たちは各所の点検を行っていた。
手の空いている者たちは、補給部署へと向かい、手に入れられる物はなんでも貰ってこようと倉庫に集っていた。
その光景の中、年老いた老男性が杖をつき、左足を引きずりながら歩いていく。
それを見た乗組員たちは、作業を止め、敬礼した。
老人もその乗組員たちに礼を返した。
格好は完全にロシア軍の士官である。
彼は、B-439が特殊任務に当たる際だけに召集される。
ソ連時代からの影で活躍する男であった。
以前はたくましい体つきで、老いていくのも感じられなかったが、今は完全な老人であった。
しかし、その風貌には未だに威厳があり、老いたからこその威厳でもあった。
B-439の甲板に一人の若い士官が待ち受けていた。

「御待ちしておりました。ヴィクトル・トカチョフ大佐、お会いできて光栄です」

若い士官は敬礼し、明るく挨拶をした。
トカチョフも今後、副長として務める若者に対し、敬礼した。

「君がレシン少佐か。ロジオン・レシンだったか」

重く、力強い声でトカチョフは副官の名前を確認した。
そして、甲板に佇み、外から艦を見渡した。
何度目の艦長をこの艦で務めるのか、覚えていなかった。
乗り心地は良いとは言えないが、性能は他国の潜水艦に遅れを取らないと自負していた。
時代は変わったが、自分の役目は終わらないのだな、とトカチョフは思っていた。
そして、若い軍人達を乗せて再び海に乗り出していかなければならない。
トカチョフには任務の達成と部下の教育、そして無事の帰還、これらを目的に長い航海が待っていた。



ウラジオストクは対して気候は日本と変わらなかった。
元々は極東進出のために確保された港である。
凍っているはずもなかった。
原田たちは、そんなことを考えつつ、空港から目的の港へと向かう。
移動手段もまた、事前に用意されていたタクシーに乗っていた。
夜であったが、日本と変わらず、街の明かりである程度明るかった。

「あっさりと海外に来てしまったな」

原田が突如としてぼやいた。

「かろうじて英語が通じるからいいけどさ、ロシア語なんて話せないんだが」

福本も不安があるらしく、呟いた。
原田は福本へと話しかける。

「マチュショフが空港で待ってると思ったが、そういうわけじゃなかったな」
「先に目的地で待っているんだろう」
「その目的地の説明も聞いてなかった気がするが……。
ウラジオについたら次は港にいけだと。心の準備ってもんがな」
「東シベリア海までは、海路で向かうんだろう。ただ北に着いた時に海上の氷をどうするか分からないが」

砕氷船でも使って行くのだろう、と福本は考えていた。
原田は行き方の心配ではなく、現状の扱いに少々苛立ちを感じているようだった。
タクシーは順調に港に近づいてきた。
そして、軍港近くで止まると、ドライバーが地図を渡してきた。
福本がそれを受け取ると同時に、支払いのことを英語で聞いた。
だが、ドライバーは手を振り、いらないと、下手な英語とジェスチャーで返した。
大丈夫なのかと、不安ではあったが原田たちはそのままタクシーを降りた。
そして、渡された地図の場所へと向かう。
向かった先は、軍港近くの飲み屋だった。

「まぁ、夜だしな。飲めってことか?」

原田は疑問に思いつつも言った。

「違うだろう。とにかく中に入ろう」

それに対し、福本は冷静に返した。
二人は、福本を先頭にして店へと入っていく。
店内はそれなりににぎわっていた。
テーブル席とカウンター席とに分かれており、バーのイメージそのものであった。
福本は店主が何か知っているだろうと、カウンターに近づく。
やはり、日本人は目立つのか、視線をいくつか二人は感じ取っていた。
福本がカウンターに立つ店主らしき人物に声をかけようとする。
だが、その直前に何者かが肩に手を回してきた。

「よう。待ってたぞ」

福本は肩に手を回し声をかけた人物を見た。
全く知らないロシア人の大男がそこにいた。
体格はがっしりしており、まさに日本人がイメージするロシア人の典型であった。
赤毛の短髪と無精髭から大雑把な印象を受けた。

「マスター、こいつらは俺の友人だ。思い出話を語りたいから、2階の談話室借りるぞ」

酔った口調で店主に男は話しかけた。
店主は無表情のまま頷き、了承した。
原田もその男から手を肩に回され、引き寄せられた。
二人はそのまま強引に2階へと連れて行かれた。
男は部屋に入る前に周囲を確認し、急ぐように二人を部屋へと入れた。

「どうも、待ってましたよ」

部屋に入った途端、声をかけられた。
聞き覚えのある声だと、二人は声の主に目をやる。
そこにはマチュショフがいた。

「おい、一体これはどういうことだ?」

突然のことだったため、原田は状況説明をマチュショフに求めた。
マチュショフは立ち上がり、説明する。

「少しばかり無理やりだったですが、そこは謝罪します。ここに連れてきたのは、作戦の説明をするためです」
「何もここで説明しなくてもいいじゃないか?」
「いえ、立場的に軍の施設にあまり長居させてもらえないので」
「軍の施設?」

原田はなぜ軍が関係しているか分からなかった。
福本も同様であり、マチュショフに本題に入ってもらうよう促す。

「とにかく、内容を頼む」
「えぇ、私達はこれより、ウラジオストクの軍港で潜水艦に乗艦します。そして、海路を使い東シベリア海へと侵入します」
「な、潜水艦だと。なぜ陸路から向かわない。海上の氷は歩いても問題ないだろ?」
「それも可能です。しかし、敵に吸血鬼がいるらしく、千里眼の能力で陸路ではすぐに見つかってしまいます。
現に陸路からの作戦は数回失敗しています」
「潜水艦で向かうってことは、海中から強引に施設に乗りつけようってことか?」

福本とマチュショフのやり取りに原田が加わった。
「そうです。輸送船が停泊できるスペースがあの施設にはあります。そこに潜水艦を係留し、侵入を試みます。
これは、奴らが行った手口と一緒です」
「武装集団は、潜水艦まで持ってたのか……」

敵の規模の大きさに福本は驚いた。
ついでに疑問に思った点を福本は尋ねた。

「そうなると、施設制圧の戦闘になるだろう。俺達二人はその経験はないぞ」
「安心してください。貴方達はあくまで対吸血鬼戦闘要員です。対人間に関してはベテランを呼んでいます」

マチュショフはそう答えると、原田たちを部屋に連れてきた男に指をさした。

「彼は元スペツナズの隊員です。訳あって除隊し、今は傭兵をしています。施設制圧の要員は彼に集めてもらいました」
「ヴィクトルだ。改めてよろしく頼む」

先ほどの男はヴィクトルと名乗ると、軽く挨拶をした。

「隊員についてだが、五人雇うことができた。経験した戦場はまちまちだが、どいつも制圧戦は経験ありだ。おそらく問題なかろう」

ヴィクトルは壁に寄りかかったまま、雇用の結果を伝えた。
雇ったメンバーのリストはすでにマチュショフの手元にあったらしく、マチュショフはそれを眺めていた。

「確かに、人殺しとしてはベテランのようだな」

メンバーの経歴を見て、マチュショフは感想を述べた。
原田たちはどういった面子がそろっているのか気になっていた。
マチュショフはそのリストを持っていた鞄に直すと、二人に話しかけた。

「さて、出発は明日の早朝なので、休息を取ってください」
「ホテルとかじゃないのか?」

原田はマチュショフの唐突な発言に動揺した。

「ここが目的地に近くて、お金が要らなかったので。
店自体は朝の4時まで開いてますから、出発は3時なので閉め出されることはありません」
「ベッドとかはないですよね?」

福本が質問する。
マチュショフは首を横に振って、少し古びたソファーを指差した。

「申し訳ないですけど 、そこで仮眠を取ってください」

原田はため息を付き、なぜこんな目にと肩を落した。


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