第十二話



「夜になるわ……」

負傷した右肩を抑えながら響子は空を見上げ呟いた。
傍らに立つ榎本はそれを聞き頷きながら、話し出す。

「化物たちの時間だ。極東での炎は大きく燃え盛ることだろう」

榎本は響子の左肩に手をあてる。
カリストラトフは原田たちの当て馬として使うつもりで、自分たちに協力を求めたことはわかっていた。
さらに代表襲撃を失敗した段階で、自分達の利用価値はカリストラトフの中でなくなっていたのだろう。
協力に応じたことにより、報酬は十分にもらっている。
これ以上、面倒な争いに関わるのは危険だろうと、榎本は思った。

「響子、日本に帰るぞ」

無言で響子は榎本を見る。

「俺達の仕事はもう終わりだ。日本で別の依頼を探そう」

化物相手の仕事よりも、人間の弱みに付け込むほうが十分に金になる。
思想が人間に近くなっているなと、榎本は思った。




現代兵器である、野砲が展開する。
その遥か先に建つ小さな廃城周辺に多くのバリケードが構築されていた。
迷彩柄の戦闘服に身を包んだ男たちは各所に機銃を設置し始める。
数時間のうちに一帯を戦闘用の陣地へと作り変えていた。

「敵、視認!」

見張りをしていた兵士が叫んだ。
その視線の先には複数のトラックが列を作ってるのがわかった。
大昔に化物専門として創設された特殊宣教部門だが、ここ数年はまともに化物と戦ったことはない。
小さないざこざで出動することはあってもここまで大規模な戦闘は初めてだった。
初めての吸血鬼たちとの戦いだ。
兵士達の銃を握る手は自然と力が篭った。




「カリストラトフ。正面に敵が展開している」

城主はジープを運転しつつ言う。
カリストラトフは立ち上がる。
そして、宣教部門の陣地の様子を千里眼を用いて確認する。

「この辺りかな。後は徒歩で行くぞ。全員降ろさせろ」

カリストラトフの指示は全車に伝達される。
荷台からぞろぞろと吸血鬼たちが降りてきた。
そして、すぐに戦列が組まれていく。
カリストラトフはジープに乗ったまま指示を続ける。

「全速力で敵の陣地に突っ込むぞ!」

皆、駆け足を始めたかと思うと、その速度は凄まじいものになっていた。
吸血鬼の持つ、素早い動きと持久力。
これを用いた戦術だった。




宣教部門の兵士達は驚いた。
遠くからでも敵の状況は分かったからだ。

「あれが吸血鬼の力か」

唖然とする兵も出てきた。
一方で、指揮者達は血をたぎらせていた。
各所で野砲部隊に射撃指示が出される。




カリストラトフは敵の砲撃を確認する。
「敵の砲撃が始まった、皆、弾着位置に気を付けろ」
その言葉の数秒後に吸血鬼たちの一帯に爆音が響き、黒煙が上がった




廃城の天辺で双眼鏡を構える指揮者は吸血鬼の状況を見ていた。

「ダメージはどうだ?」

位置的に確認することは難しい。
すでに観測部隊のヘリが出動していた。
被害結果を野砲部隊と前線部隊に連絡する。
見た感じでは、敵陣形の中央部分に着弾しているようだが、敵の進撃に変化はなかった。
観測部隊は直ちに次の砲撃座標を指示する。




カリストラトフは何も無かったようにジープに揺られながら前進する。

「被害は軽微です」

城主が伝える。
当たり前だと、カリストラトフは思った。
飛来する砲弾の動きからどこに落ちるか、能力の低い吸血鬼ですらわかることだった。
ただ、仕様された弾頭が銀の破片を散らす炸裂弾だったのは、防ぐことはできなかった。
着弾位置周辺にいた数名は破片を避けきれずに負傷していた。

「どうやら、次の砲撃がはじまるようですな」

空を飛ぶヘリがこちらの位置を正確に教えているというのは、簡単に分かる。
人間の近代戦術などはすでに学習済みだった。
それらの戦術は化物相手にはすべて無意味だとカリストラトフは思っていた。
いくら、銃器で武装しようとも肉体は人間のままだ。
吸血鬼の一撃だけで、十分に戦闘不能にできる。
つまり、今、敵が行って来ている攻撃全てを回避できれば、その時点で勝利が決まっている。
カリストラトフは一方的にやられてる状況は気に食わなかったが、その先にある、殺戮が楽しみで仕方なかった。




砲撃が連続して行われる。
相変わらず吸血鬼の被害はたいした変化がなかった。

「着弾位置を知られてるみたいだ」

観測部隊の一人は思わず呟いた。
明らかに敵の動きは砲撃を避ける動きだ。
吸血鬼部隊の周辺が黒煙で包まれる中、次の座標を指示しようとした時。
機体に何かがぶつかった。
嫌な予感がしつつ、観測者の一人が衝撃のあった場所に目を向ける。
テイルローター部分に槍が刺さっていた。
テイルルーターは完全に停止している。

「まずい、コントロールが……・」

機体が回り始めた、パイロットはなんとか体勢を整えようとするが、無駄なあがきだった。
観測ヘリはそのまま回転を続けながら、地表へと落ちていく。




「これで、目障りな奴は消えたな」

カリストラトフは鼻で笑いながら言った。
城主が持参していた槍を投擲したのだった。
見事に観測ヘリに命中させ落下させた。
これにより、砲撃も正確な位置を把握できなくなり、まともな攻撃ができない。
「あとは、陣地にいる連中か」




観測ヘリの落下は衝撃だった。
吸血鬼の本領を目の当たりにしたのだ。
敵の行軍による砂埃も近づいている。
兵士達は射程距離内に敵が入るその時を静かに待った。
ただ、問題はその距離まで来た敵を銃撃で抑えきれない場合、肉弾戦が次に待っているということだった。




相変わらず砲撃は続いているが、大した損失も出さずに吸血鬼たちは進軍する。
敵の陣地はもはや目と鼻の先という距離だった。
先頭を突き進む吸血鬼は持参した剣を抜き取ろうと手を腰に伸ばす。
だが、次の瞬間、意識が飛ぶと同時に転倒した。
それを合図にしたかのように、先頭にいる者たちは倒れていく。
宣教部門たちの銃撃が始まったのだった。
銀の弾丸を使用していることもあり、効果は十分だった。
急所に当たらずとも、戦闘不能にすることが可能だった。
この様子を後ろから見ていた城主は、このまま突き進んで大丈夫かと、思った。
だが、カリストラトフを振り返ると、何も気にしないような顔で座っている。
この男にとって、仲間の吸血鬼もただの道具なのだろうなと、城主は感じていた。
銀の雨が正面から向かってくる中、全身に銃弾をくらいながらも、敵兵の首に鋭い爪をつき立てた吸血鬼がいた。
敵陣に到達した一人目だった。
その後、体を消失させながらも、数名の吸血鬼が宣教部門の陣に到達する。
前線で銃撃していた兵士たちは徐々に数を減らしていく。
カリストラトフは笑みを浮かべる。
これで突破できると、考えたからだ。




原田たちの乗るMi-24Pは戦場に到着した。

「おい、なんだよあれ!?」

窓から見える光景を見て、原田は思わず叫んでいた。
特殊宣教部門の陣だったと思しき場所はすでに壊滅状態だった。
散り散りになった兵士たちが最後の抵抗をしているのがわかる。
そして、多くの逃げ遅れた兵士たちは城へと逃げ込んでいた。

「どうやら、防ぎきれなかったようだな」

福本は状況からそう考えた。
マチュショフも苦しい表情をする。

「こんな結果になってしまうとは……ますます彼らと吸血鬼の間に問題が生じてしまうぞ……」
「あの戦闘の仕方は……指揮官がいないのか?」

ヴィクトルは戦闘の様子からそう読み取った。
福本も違和感を持ったようだ。

「まさか、指揮所だけ先に後退したのか?」
「だろうな、逃げ遅れた兵士は見捨てられたってとこだろう」
「とにかく、生き残った兵士たちを助けるぞ」

原田がそう叫ぶ。
マチュショフはパイロットたちに指示を出した。
地上の敵を一通り、ロケット弾やガトリングで一掃する。

「急いで降りるぞ、あまりヘリを長居させるとやられてしまう」

障害物の少ない地点にヘリを降下させる。
皆、銃器を持ち、降りる準備をする。
着陸し、ドアを原田が勢い良くあけ、外に飛び出す。
ヴィクトルがその後ろに続き、周囲の警戒を行う。
福本が降りようとしたとき、後ろから強く引張られ、機内に戻された。
そして、先にマチュショフが降りている。
マチュショフは福本に振り返る。

「恐らく、宣教部門はこの一帯を爆撃か砲撃かで一掃するつもりだ。そうなると皆の命が危ない。撤退していった、宣教部門の指揮官たちと接触して問題は俺達が解決すると伝えてほしい」
「それなら、お前が言ったほうが!」
「駄目だ、俺は吸血鬼だ。奴らはまともに話を聞かない。だが、対人外部隊の日本人の話ならば聞いてくれるはずだ。頼む、これは君にしかできないことなんだ」
「わかった、その手の交渉なら得意だ。で?どの辺まで後退してるかはわかるのか?」
「それはすでにパイロットに伝えている」
「そうか、わかった。原田をうまくフォローしてくれよ」
「あぁ、任せてくれ」

二人はお互いの頼みごとを済ませる。
マチュショフが原田たちの後を追っていくのと同時にヘリが上昇する。
窓から三人の様子がわかった。
マチュショフが原田たちに状況の説明をしているのだろう。
ああ言ったものの、本当に自分なんかで特殊宣教部門の人間を止めることができるのか、福本は自分に課せられた任務に頭を抱えた。



原田たち三人はそれぞれに背中を合わせつつ、前進していた。
各方向を一人ずつ警戒し、城まで進んでいく。
マチュショフは二人に指示を出した。

「カリストラトフのことだ、城の中にいる敵を自分の手で殺そうとするはずだ」
「なるほど、城が決戦の場になるってことか」

ヴィクトルは言った。
三人は隊形を崩すことなく行動する。
戦闘がほぼ終りかけていたことと先ほどのヘリからの攻撃で外にいる生き残りはあまりいないようだった。
特殊宣教部門と吸血鬼集団はそれぞれに多大の犠牲を出していたようだ。
城まで近づくと、ジープが止まっていることがわかる。
その運転席に誰かが座っていた。
運転席にいたのは城主だった。
城主の体は銀の銃弾を受けて、ほぼ灰となり、今にも崩れそうだった。
マチュショフは城主に尋ねる。

「死に掛けてるところすまないが、カリストラトフはどこだ?」

裏切り者の筆頭ともいえる城主に対し、マチュショフの態度は冷たかった。
城主はにやりと笑いながら話だした。

「お前達も分かっているだろう?城の中だよ」
「そうか、聞くまでもなかったな」

マチュショフはそっけなく言葉を放つと、すぐに城の中に入ろうとした。
後を追うように、原田とヴィクトルが続く。
その様子を城主は見つめながら誰に言うわけでもなく呟く。

「世界の変革……その瞬間を見たかった」

吸血鬼が畏怖と敬意を集めるような世界。
それを望んだ吸血鬼が一人、灰となって姿を消した。



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