第十三話



城内に入ると、辺りに血痕があった。
逃げ込んだ部隊と吸血鬼たちの間で相当な戦闘が行われたようだ。
3人は城の上階へと向かおうとする。

「危ない!」

最後尾を行くヴィクトルが叫ぶ。
途中の階層で、待ち伏せしていた吸血鬼が襲い掛かって来た。
二番目にいた原田が標的となった。
原田は銃を向けようとするが、敵の一撃の方が先だった。
銃が叩き落される。
二撃目が来る前に、原田は刀を抜き取り、居合いのように相手を切り伏せた。

「各所に潜んでいる敵がいるようだ」

マチュショフが言う。
改めて、皆警戒を強める。
さらに上へと登っていこうとする。
だが、歩みを始めようとしたと同時に、下の階からいくつかの足音が聞こえてきた。

「まずい、下にも敵がいたのか」

ヴィクトルは銃を構えなおした。
案の定、敵が階段の下に集まりだしたのが見えてきた。
ヴィクトルはそれらの敵に向けて、銃撃を始める。
原田も加勢しようと、落とした銃を拾いヴィクトルの横に立とうとする。

「原田、お前はマチュショフと一緒に行け!こいつらは俺が足止めする」
「一人じゃ、太刀打ちできないぞ」
「時間がない!生存者がいるうちに奴を倒せ」
「分かった」

原田は銃を降ろすと、その場を離れた。
マチュショフもヴィクトルの背を見つめつつ、歩みを始める。


福本は機上から進行方向にいくつかのテントを確認する。
恐らく、砲撃部隊と撤退した司令官たちがいるのだろう。
パイロットはそこに着陸できるように高度を下げる。
相手もすでにこっちを確認しているはずだが、攻撃する様子はない。
Mi-24Pということもあり、ロシア軍関係のものと判断し、何もしてこないのだろう。
福本は着陸すると同時に、外に飛び出した。
テントの方に駆け出していくと、数名の兵士が前に立ちはだかり、銃口をこちらに向ける。

「止まれ、お前は何者だ」

かなり強い口調で言われた。
福本も負けずに強い口調で話しはじめる。

「私は、日本の対人外部隊の者だ。今、吸血鬼たちの内部抗争を抑えるための任務についている」
「その日本人が何のようだ?」

立ちはだかる兵士の後ろから、大男が現れた。
どうやら、この場での責任者のようだった。

「過激派の指導者を見つけ、そいつを始末しようとしている。だから、それまであの地点への攻撃を控えてもらいたい」
「何の権限があって、私に指示する。化物殲滅はこっちの任務だ」
「今攻撃を始めれば、あの場に残った味方も殺すことになるぞ」
「私達に生存を確認する術は無い。ならば、死亡したとして扱うしかない」

指揮官は引かなかった。
福本はどうにかして、言いくるめなければと思考をめぐらす。

「こちらは城の内部に生存者がいることを確認している。さらに、仲間が敵の指導者を捕捉している。うまくいけば、貴方達の仲間を救うことができる」

指揮官の表情に変化は無い。
だが、後ろにいる兵士達には期待の表情が現れた。
これはいけるぞ、と福本は考えた。

「後少しです。少しでいいので猶予をください。そうすれば、この事件も解決させられる。貴方達の仲間も助けられる」

指揮官は黙って聞いていた。
少しの間だけ目を瞑り、何かを考えたようだ。

「生存しているのは確かだな?」

突如、目を開き、福本に質問する。
少し驚きながらも福本は頷く。
福本の様子を確認すると、指揮官は後ろを振り返る。

「全員、装備を確認しろ」

突然の命令に皆、驚いた様子を見せた。

「もう一度、あの地点に戻る。生存者がいるなら見捨てるわけにはいかない。それにこれは俺達がしくじったことだ。最後までやり通すべきだ」

兵士たちは、その言葉を聞くと、すぐに準備にかかった。
車両に次々と乗っていく。
先ほどまで、諦めた表情をしていた者たちとは思えない様子だった。


ヴィクトルは駆け回っていた。
どうせ足止めをするなら、より多くの敵をひきつけようと派手に逃げ回っていた。
逃げては障害物に隠れ、ある程度距離の詰まってきた吸血鬼を撃ち倒していく。
だが、それを繰り返していくには限界があった。

「マガジンも残り少ないか……」

銀の銃弾も無くなりだした。
ヴィクトルは逃げながら、次の策を考えた。
途中、時計を見て、大分時間を稼いだことを確認する。
後は、このひきつけた敵をどうするかという問題だった。
そして、廊下を走っていくと、扉が目に入った。
ヴィクトルは何か思いついたらしく、その部屋へと入る。
ある程度、バリケードを作り、簡単に開けられないように工夫する。
そして、ヴィクトルは部屋の中を見渡すと、荷物の中から何かを取り出した。

「無事に逃げられるか……」

その手に握られたのはいくつかの機材と爆薬だった。


原田は後ろを振り返る。
吸血鬼が追ってくる気配はない。
下の階の吸血鬼たちはヴィクトルに釘付けになっているのだろうと思った。
再び、前を向き直り、先行するマチュショフに続いた。

「そろそろ追いつくはずだ」

マチュショフが原田に言った。
原田は特に返事せず、走った。
しばらく走っていくと、マチュショフの様子がおかしくなった。
何かが見えているらしい。
少し警戒したような動きになっているのが後ろからでも分かる。

「どうやら、追いつけたようだな」

マチュショフが言った。
原田にはまだ目視することはできない。
マチュショフの発言からどのくらい走ったか。
悠々と歩くカリストラトフの後姿が原田にも確認できた。
原田は銃をいつでも撃てるように構えなおした。

「カリストラトフ!」

そして、マチュショフはカリストラトフの動きを止めようと大声で名を呼んだ。
何事かと言わんばかりの様子でカリストラトフが振り返る。

「もう追いついたか」

カリストラトフは目標を生き残りの兵士から原田たちへと切り替えた。
特に武装をしていないカリストラトフだが、凄まじい俊敏さを見せた。
マチュショフの懐にすぐに飛び込んできた。
それでも、マチュショフはその一撃を避けた。

「どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって」

カリストラトフはそう言うと再び攻撃の姿勢を見せる。
原田たち二人はその動きにやられまいと構える。



「奴はここに逃げたぞ」

ヴィクトルを追ってきた吸血鬼たちはドアの破壊を試みていた。
少し頑丈なドアであったため、吸血鬼でも破壊するのに手間取った。
何度目かの体当たりで解放することに成功する。
数名の吸血鬼たちが部屋に入ると、中央のテーブルにC4爆弾が少量置かれていた。
その横にはあからさまに銀製のナイフや銃弾が置かれている。
そして、視線をさらに部屋の置くにやると、ヴィクトルが壁際に立ち、右手にスイッチを握っているのが見えた。

「貴様、自爆でもする気か?」

吸血鬼はたずねた。
吸血鬼たちは中央にある爆薬で、近くにある銀の銃弾などを周囲にばら撒き、部屋の中にいる吸血鬼たちを巻き添えに自爆すると考えた。

「いや」

ヴィクトルはニヤリと笑うと、左手を上げる。

「俺は元から死ぬ気はないよ」

吸血鬼たちは、ヴィクトルの左手に別のスイッチがあることに気づいた。
ヴィクトルはスイッチを押すと、背後の壁が人一人通れるくらいの穴が空いた。
プラスチック爆弾を利用して、壁に穴をあける準備をしていたのだった。
ヴィクトルはそのまま後方に飛んだ。
ヴィクトルは下の階のバルコニーの位置を確認していた。
すぐにバルコニーに着地できるように飛び出していた。
事情を知らない吸血鬼たちは、反射的にヴィクトルを追うように駆け寄る。
だが、先頭にいた吸血鬼が壁際まで来たときに足に違和感を感じた。
その吸血鬼が足元を見ると、クレイモアのセンサーに足を引っ掛けていることが分かった。
気づいた瞬間にはすでに爆発が起こっていた。
その爆発を確認したヴィクトルは落ちながら、右のスイッチも押す。
これで部屋の入り口付近にいた吸血鬼にもダメージを与えられただろうと思った。
無理やりにバルコニーに着地したため少し足を痛めたが、歩くのに問題はなかった。

「原田たちと合流すべきかな」

ヴィクトルは自分の装備を再び確認し、上階へと再び向かうことにした。


原田とマチュショフの二人はいつでも動ける体勢で、カリストラトフと対峙する。
カリストラトフも同様で、二人の隙を伺う。
マチュショフはこの対峙した状態は長時間になるのではないかと思った。

「お前の仲間たちは皆、壊滅状態だぞ」

マチュショフは流れを変えようと、話し始める。
原田はそれを横で聞きながら、視線はカリストラトフを見つめている。

「ほとんど、散り散りになっている状況で、俺達の援軍が来たらどうなるか。流石に分かるだろう?ここは大人しく降伏し、裁判に身をゆだねるのはどうだ?」

無意味な勧告であることは誰にでもわかった。
明らかに流れを変えようとする意図が読めた。
カリストラトフはあえて、その会話に参加してきた。

「この戦いで必要な結果は、俺が生き残ることだ。俺という分子が存在することで、今の吸血鬼界の決まりごとを嫌う連中が一気に爆発するだろう。そうすれば、お前達や人間達が動く頃にはすべてが手遅れだ」
「それはどうかな?ロシアの対化物部隊は動いている。さらに事が大きくなれば、バチカンを筆頭に化物を異端とする者たちが黙ってはいない。
それに吸血鬼界の現政権も全ての化物たちに働きかけ、全力でお前達を駆逐する動きを見せるだろう」

マチュショフは負けまいと、言い返す。
挑発するか、油断を誘うか、頭で相手を仕留めるための算段が進む。
そのようなやりとりがある中で、原田はすぐにでも斬りかかろうと様子を伺う。
お互い、何かのきっかけを探っていた。
銃声でも、扉の音でもいい、相手が何かに気を取られる瞬間こそが、最大の機会だった。

「マチュショフ……。お前はいろいろと言っているが、結局ここでお前達が敗れれば、それでゲームセット。
俺の勝ちだ。お前達の援軍も、さらにその後ろにある大きな組織の存在も意味が無くなる」

声の質感が少し変わったように感じた。
カリストラトフは少し、興奮状態にあるようだった。
それはなぜか、原田は考えようとしたが、その前に体が動いた。
カリストラトフに動きがあった。
右手を上へと掲げようとしたのだ。
原田はその動作のうちに一撃を加えようと飛び掛る。
だが、その間に吸血鬼が割り込んでくる。
斧を持ったその吸血鬼は、原田の一撃を受け止める。
原田はそのまま押し込み、吸血鬼の体勢を崩す。
その隙にさらに一撃を加え、吸血鬼を斬り倒した。
しかし、さらに二人の吸血鬼が原田に襲いかかる。
原田は右からくる一撃を刀で受け止め、もう一方は敵の手を狙って蹴りを入れていた。
その攻撃を退けた原田は、後方へと下がり、間合いを取った。

「散った仲間を呼び寄せたか……」

マチュショフは自分のやろうとした方法が失策だったと感じた。
会話している間に、カリストラトフは近くにいた仲間を集めていたのだった。
そして、右手の動作は攻撃命令の合図だった。

「集まったって、所詮4〜5人。なんとでもなる」

原田は刀を再び構えなおす。
マチュショフと連携すれば、取り巻きの吸血鬼など簡単に倒せるはずだ。
ただし、こちらが不利なのは変わらない。
やはり、何か流れが変わる好機がほしい。
この思いは原田、マチュショフがそれぞれに抱いていた。



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