第十一話



シベリアのどこかわからない、人間ではたどり着かないような場所。
そこに建つ荒廃した城の廊下をカリストラトフは歩いていた。
その後ろを一人の吸血鬼が付いていく。
以前、この城を治めていた城主であり、今はカリストラトフの思想に賛同する一人だ。
前を歩くカリストラトフに城主は尋ねた。

「襲撃は失敗したが、作戦は可能なのか?」
「問題はない。俺が集めた兵士たちはすでに抑えられないほどに燃え上がっている」
「本来、ハイブリッドを排除するための計画のはずだが?兵士にも多くのハイブリッドがいるようだな」
「あいつらは、捨て駒に使うのがちょうど良い。達成までの間、利用できるだけ利用するだけだ」

城主はあれだけ毛嫌いしていたハイブリッドすら兵として集めたカリストラトフに違和感を覚えた。
この男は平然とした顔をしているが、状況は追い込まれてるのではないかと、思ったのだ。
しかし、この男に手を貸してしまった以上、現在の首脳達の下に戻ることはできない。
城主は一つの諦めに近い感情を持って、カリストラトフに従うことにした。
カリストラトフは廊下を歩き続け、広いバルコニーにたどり着いた。
そこから、周辺一帯の様子を伺うことができた。
その城の周辺には数千に近い吸血鬼たちが埋め尽くしていた。
各々に武装し、統一性のない格好で戦列を組んでいた。
その風景を見たカリストラトフは喜びに近い笑みを一瞬浮かべるが、次の瞬間にはいつもの気味の悪い表情へと戻っていた。

「聞け!強靭なる吸血鬼諸君!」

静まり返っていた空間にカリストラトフの力強い声が響いた。
その声はさらに続く。

「我々は古からあらゆる化物の頂点に立つ存在であった。それゆえに現在でもすべての化物をどうこうできる力を得ている」

カリストラトフは手振りを入れながら話す。
城主も少し後ろに立ち様子を伺った。
この男にもこのような芸当ができるのかと。

「だが、生まれて間もない人類が我々の持つ力を妨害している。これらは諸君らも十分に感じているはずだ。弱き種族でありながら、強き種族である我々に協定を申し入れているのだ。これは可笑しなことであり、真に不愉快だ」

兵士達は静かに聴きながら、しきりに頷く者もいた。
武器を持つ手に自然と力が入っているのが、バルコニーからでも見えた。

「弱き種族に抗えなかった、愚かな首脳たちは、先日、その弱き種族から襲撃を受けて消息が不明となっている。奴らは、ずる賢い人間連中に諮られたのだ」

なるほど、城主はカリストラトフの言う、計画変更の内容を知った。
本来ならば、ハイブリッドの連中によりナチュラル種の首脳が殺されたように見せようとしていたが、失敗した今は、事実を説明できる者がいない人間側を悪者に仕立て上げた。
これにより、本来は敵側になるはずのハイブリッド種も手駒として利用することができる。
ずる賢いのは誰だと、城主はカリストラトフの背中を見つめる。
「我々は以前のような絶大なる力を再び持つ必要がある。そのために、我々は始祖様の力を借りる必要がある」

借りるではない、お前は奪うつもりだろ、城主はカリストラトフの本当の考えを知っていた。

「始祖様の眠る聖地へと向かう!その後、我らが本拠地、ブカレストへと進軍、現在の幹部たちを打倒し、新たな体制を創設する。再び、王制を復活させる」

皆、闘争心は絶好調だった。
カリストラトフの演説により、さらに過激になった。
城主はこの男が王となったら、世界はどう変わるのか、その先のことを知りたいと思った。



原田たちは、吸血鬼たちに連れられて城へとたどり着いた。
城では生き残りたちが、現在の状況を調べ始めていた。
襲撃によって荒れ果てている会議室に皆詰めて、状況確認を行う。
マチュショフが情報を話始める。

「カリストラトフは計画の変更をしたようだ。過激派を監視していた者たちからシベリアのある地域に武装した吸血鬼たちが集まりだしたと報告がきている。それもハイブリッドもナチュラルも混ざった集団だそうだ」
「ハイブリッドもだと?あの男が集めたのか?」

代表の一人が疑問を投げかけた。
マチュショフは自分の推論を伝える。
「恐らく、戦力増強のために手段を変更したのでしょう。
本来なら、ナチュラル代表がハイブリッド種の過激派によって抹殺されたことにし、ハイブリッド種の廃絶を行うつもりだったのでしょうが、代表襲撃を失敗した今は違う理由をつけて、兵力を集めたのでしょう」
「それで、その戦力はどのくらいなんだ?」

福本が尋ねる。
集まってしまった以上はもう後には引けないと思っていた。
それらの集団の目的を阻止するために一戦交えないといけないと、福本は思った。
マチュショフは少し顔をしかめながら報告する。

「規模は1000人前後……。歩兵一個大隊規模はある」

部屋の中は静まった。
原田たちの人数では到底敵わない数だ。

「そんな規模。どうやって相手にしろと?」

福本は困ったように呟いた。
ヴィクトルが自分の考えを言う。

「艦長を通してロシア軍の協力を得られないか?」
「駄目だろう。トカチョフ艦長は正規の命令を受けているわけではない。正規軍を動かすとなると、隠蔽工作をかなりの規模でしなければならないから、とてもじゃないが、頼める用件ではない」

マチュショフはヴィクトルの考えを否定する。

「群をなしているとはいえ、ただの頭のおかしい面子が集まっただけだろ?だったら、それをまとめる指揮官がいなくなれば、手立てはあるんじゃないか?」

原田がぶっきらぼうに意見する。

「指揮官を失った集団が各々に暴れだしたら収拾の付けようがない」

マチュショフの解答に原田はたじろぐ。
力押しではやはり無理なのかと、原田は思った。
しかし、どのみちカリストラトフを討たねばならないのは事実だ。
ならば、この1000人規模の敵と戦う中で、打ち倒すしかないと、原田は考えていた。
皆の中で、カリストラトフとは一戦交えなければならないという考えはまとまっていた。
だが、それに至るまでの過程が出せないでいた。
部屋の中の空気はよどみ、皆、沈黙する。
そんな中、その状況を壊すかのように一人の男が入ってきた。
領主の部下が新たに入った情報を持ってきたのだった。

「大変です!ロシア正教の特殊宣教部門が動きだしたようです!」

マチュショフ、福本をはじめ、吸血鬼の代表達も驚きの表情を浮かべた。
ヴィクトルは状況が分からず、マチュショフに尋ねる。

「おい、なんだその宣教部門ってのは?」
「ロシア正教会に所属する一部門だが、化物退治専門の武装集団だ」
「あの宗教はそんなものを抱えてたのか。なら、そいつらと協力すれば、なんとかなるんじゃ?」
「無理だ。やつらが動いたということは、吸血鬼社会自体に制裁を加えるつもりなんだ」

そして、代表の一人もマチュショフの説明に言葉を加える。

「その通りだ。我々は真っ先に彼らに協力を求めた。だが、吸血鬼社会の問題は自分達で解決しろと言われた。そこで、宗教事で問題を抱えない日本や傭兵たちに協力を求めざるを得なかったのだ」
「カリストラトフを止めるのと同時に、正教会とも話を付けねばなりませんね……」

マチュショフは思考する。
そして、これから行うべきことを考え出した。

「代表たちは、直ちに正教会と接触してください。今回の件についてすべてを話してほしい」
「そうか、ならば直ちに車を準備し……」

領主が部下達に指示を出そうとする。
だが、マチュショフはそれを静止する。

「待ってください、陸路は危険です。どこにカリストラトフへの賛同者が控えてるか分からない。代表達はトカチョフ艦長の船で移動してもらいます」

マチュショフの示した道筋はセヴェロドヴィンスクのロシア海軍基地まで潜水艦で向かい、そこから陸路を使い、セルギエフ・ポサードへと向かうものだった。

「ヴィクトル、君たちは代表達の護衛を頼む。セヴェロドヴィンスクからの移動は陸路を使うからな、その間、代表達を守ってくれ」
「了解した」

そして、マチュショフは原田たちのほうを向く。

「貴方達は、私と一緒にカリストラトフの暴走を止める。
おそらく、吸血鬼集団と特殊宣教部門との戦闘中に奴を討たねばならない。かなり厳しい状況かもしれないが、一緒に戦ってほしい」
「言われるまでも無い、化物が暴れている以上、それを止めるのが俺達の仕事だ」

原田は力強く答えた。
福本も頷きながら返事をする。

「俺達が受けた依頼だ。最後までやり通すさ」

二人の心強い答えにマチュショフは安心した。
そこにいた代表者たちも同じような気持ちだったはずだ。
その傍らで、領主は部下達に指示を出している。
原田たちの方に領主は向き直った。

「移動のためにヘリを要請した。なんとかカリストラトフたちに追いつくことができるだろう」

領主は原田たちのために移動手段と装備を整えるように部下達に指示をしていた。
これで戦うための準備は完了した。


城の天辺にあるヘリポート部分にMi-24Pが着陸していた。

「おいおい、どうやってこんなの要請したんだよ」

福本は思わず声を漏らした。
驚いている福本をよそに、原田は領主から受け取った装備の確認をしていた。
AK-74の銀弾仕様のものだ。
予備の弾倉も十分にヘリに載せられている。
ヘリポートから下を見ると、車で出て行くのがわかった。

「ヴィクトルたちには何も別れの言葉を伝えてなかったな」

原田がふと思ったことを口にした。
福本もばたばたしていて彼らと最後の会話をしていなかった。

「今回の事件が収拾すれば、結果報告として一度集まるだろうから、また会えるだろう」

これはあくまで憶測で、相手は傭兵だから恐らく二度と会わないだろうなと、福本は思った。
そんな気を落とした二人に後ろから突如声がかけられる。

「突然どうした?そんな深刻そうな顔をして?」

原田たちは声のした方に振り返る。
そこにはヴィクトルがいた。

「おい、なんでここにいるんだ?」

原田が当然のような疑問を投げかけた。

「マールたちに指示を出した。代表達の護衛を頼むとな。あいつらは俺と違って護衛仕事を多くしていたからな、俺がやるよりも十分に役立つだろう」

ヴィクトルは原田たちの方に歩み寄りながら話し続ける。

「それに、実戦経験の少ないお前らが、乱戦の只中に放り込まれてまともに戦えるとも思えないからな、俺達が戦地でのエスコートをしてやるよ」
「何を偉そうに。化物相手なら俺達のほうが十分に上だろうよ」

原田は微笑みながら言った。
福本も続ける。

「ヴィクトル、あんたがいてくれて心強いよ」
「こっちも同じ気持ちさ」

ヴィクトルは福本の肩を軽く叩いた。
マチュショフはそのやり取りが一通り終わった頃に現れた。
「どうやら、役者は揃ったようだな。それでは、出動しようか」

各々に武器を持ち、Mi-24Pの貨物室へと乗り込む。
全員乗り込むのを確認すると、外にいた衛兵がパイロット達に指示を出した。
それを確認すると、パイロットは離陸を開始する。

「頼んだぞ」

黄昏時を少し過ぎた空に飛び立つヘリを見つめながら、領主は呟いた。



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