賑わいを見せる大通りのとは裏腹に、閑散として人を寄せ付けようとしないビル群の区画があった。 小規模な企業が入っているテナントビルとは別に立ち入り禁止となっているビルがある。 その2階に二人の男がいた。 「はぁ、相変わらずしんどい訓練だった」 原田広明はソファーに深く腰掛け、首を軽く回しながら言った。 「定期訓練だからな。国との取り決めだから仕方ないだろ」 原田の発言に対し、福本洋太は言った。 福本は事務机に向かい座っている。 原田は自衛隊の訓練へと定期的に参加することになっていた。 そこで訓練を受ける者たちは原田たちと同様で、身分を明かせない者ばかりである。 「今回も不思議な奴がいたぞ」 「どんな奴だ?」 「話し方から諜報員っぽいんだがな。あの訓練は、やっぱり公になってない部署の人間が参加してるみたいだな」 「お前も良い例だがな」 二人は、先日までの出来事の話で盛り上がっていた。 いつ、再び事件の話が転がってくるかなどわからない。 今のうちに気を楽に過ごしておきたいという心情だった。 「しかし、ここ最近は妖怪騒ぎは起こってないみたいだな」 福本は背伸びをしつつ言った。 「確かにな。それだけ、治安がよくなってるんだろうよ」 原田はそう返した。 事実、先日の口裂け女事件を解決してからは、現代妖怪の動きが全然見られなくなった。 古参妖怪の働きもあってか、現代妖怪たちは人間や古参妖怪に対して少し恐れをなしているようだった。 人が化け物を恐れない時代はすでに到来していたが、化け物が人間を恐れる時代が来るとは、原田たちも思ってもいなかった。 最近の話を二人がしていると、ドアをノックする音がした。 何事かと、福本がドアへと足を向けた。 この事務所へ来る人間はまずいない。 一部の政府関係者は知っているが、来る場合は事前に連絡が入る。 他に来るとすれば、妖怪だが、ドアから来ることは少ない。 窓などから合図を送った後、室内に入れるといった具合だ。 今来ている何者かは初めてここに来る者であることが推測できた。 福本は怪しみつつも、ドアを開ける。 「はじめまして、突然失礼します」 そこには見知らぬ男がいた。 男はさらっとした赤毛の短髪で、肌はとても白く、目は澄んだ青色を見せていた。 だが、その目の奥には人間とは思えないおぞましい何かが見えてくるようだった。 福本はその男に少し見とれつつも、返答する。 「一体、何事ですか?」 「はい、あなた方が対人外の特殊機関だと伺い、ちょっと依頼したいと思いまして」 男はかなり下手だった。 しかし、少なからず威圧感を覚えた。 とりあえず、福本は男を接客用のソファーへと座らせる。 男の向かいに福本と原田が座っている状態になった。 男は一呼吸置いて話始めた。 「名乗り遅れました。私、吸血鬼集団幹部メンバーのヴェニアミン・マチュショフです。 今回は東シベリア海で起きた事件に関してあなた方から協力を得たいと思い参りました」 「東シベリア海?」 原田は唐突に出てきた単語に疑問を持った。 福本は原田が疑問に思った部分に突っ込みを入れたかったが、それをスルーし、会話を始める。 「マチュ……ショフさん、なぜ吸血鬼集団幹部である貴方が、私達のことを?」 「日本妖怪のネットワークは外国にも繋がっていますから、自然と貴方達の活躍は耳に入ってきます」 ふむ、と福本は納得がいったような様子を見せる。 「そして、その事件というのは?」 福本はとりあえず、肝心な部分を聞かなければと思った。 「はい、現在、ロシアは東シベリア開発に力を入れています。特に資源採掘に関しては莫大な資金を注ぎこんでいます。 その一環で、東シベリア海において海上油田施設が造られました。 試験運用を終えて、いざ本運用という時期に謎の武装集団に占拠されてしまったのです。 貴方達にはその施設の奪還作戦に参加してもらいたいと思い伺った次第です」 マチュショフの説明を聞き、二人は疑問を感じていた。 「ちょっと待ってください。我々は対人外専門ですよ。テロリスト相手ならば、別の部署だと思いますが」 福本が思ったことを伝えた。 マチュショフもその疑問が来ると思っていたらしく、待ってましたと言わんばかりの表情で回答する。 「その占拠した集団ですが、なんでも吸血鬼も参加しているとかで、対人外専門のお二方なら十分に対処できるだろうと思いまして」 その回答でも福本は疑問だった。 ほぼ無宗教に近い日本での対人外部隊だ。 戦力は高が知れている。 それならば、欧州圏に助けを求めた方がまだ対策部隊はたくさんあるのではないかと、思ったのだ。 「隣には欧州が、海を挟んで米国があるではないですか、さらにロシア自体、人外については対策をたくさんお持ちでしょうに。その中で、なぜ我々に?」 福本はさらに問いただした。 マチュショフは少し躊躇いつつも、回答する。 「これには外交的問題も含まれます。化け物退治とはいえ、資源の輸出で争っている国に協力を求めては、輸出業に影響があると国が判断しました。 そのため、協力を要請しても影響が出ない日本に皆注目しました。そして、先日の口裂け女事件の活躍話。貴方達ほど今回の役目にぴったりな人はいないのです」 「なるほど、ちょうど良い駒がいい具合に見つかったってわけか」 突如して、原田が発言した。 気に食わないといった口調であった。 「もちろん、ただ働きというわけではありません。わが国から日本政府に働きかけ、貴方達に特別報酬がでるようにしましょう。 さらに、この件が無事解決すれば、日本と資源貿易を優先的に行う用意があります」 ここにおいても取引を持ちかけてくるか、と福本は思った。 吸血鬼とはいえ、大陸国で育ったことはある。 相手が妥協する条件をピンポイントで出してくる。 しかし、利益のあるなしではなく、一種の正義感が福本を動かしていた。 原田もああいったものの、心の中では事件解決に臨みたいと考えているはずだった。 福本は原田を見た。 原田はアイコンタクトを送ってきた。 様子から福本の判断に任せるといった感じであった。 福本は少し黙り込み、考えた。 「わかりました。引き受けましょう」 福本の言葉を聞いて、マチュショフは立ち上がり握手を求めてきた。 差し出された手を福本は素直に握った。 「ありがとうございます。貴方達には感謝しても仕切れないでしょう」 予想以上に歓喜しているようだった。 「では、あさってウラジオストクへと向かいましょう。明日の夜中に迎えに上がります。 武器に関してはこちらで用意いたしますので、銃火器については心配なさらず。ほかに必要な物があるならば、それらをご用意ください」 機械的な説明をマチュショフは行った。 こういう説明については慣れているようだ。 一通り説明を終えると、マチュショフは一礼し、霧になって姿を消した。 その瞬間を見て、原田たちはマチュショフが吸血鬼だったことを実感した。 偶然にも原田たちとマチュショフの接触は天狗の山に伝わっていた。 巡回中だった哨戒部隊の天狗が異質な気配を感じて、追跡した。 その異質な気配とは、マチュショフであった。 そして、原田たちとのやり取りをその天狗は見ていた。 最も、マチュショフは天狗にわざと見つかるように気配を出していた。 大事と分かれば、原田たちに何らかの協力をしてくれるだろうと考えたからだ。 案の定、原田たちは天狗の山へと招かれていた。 「なるほど、それでお前たちは知ってたのか」 原田は自分達が呼ばれた理由を烏天狗から聞いていた。 「そんな仏頂面するなよ。大天狗様からのご好意だぞ」 烏天狗は原田に例の妖刀を渡していた。 刀を手にした原田はふと呟く。 「こないだ借りる時は、重々しい空気だったが、今はかなり軽い感じで渡すんだな」 「まて、ちゃんと大天狗様からの特令が出ているんだ。私はこの刀の貸借に関する管理を任される立場になってるんだ」 「へぇ、お前も出世してんだな」 原田とのやり取りに疲れを覚える烏天狗であったが、仕事は怠らない。 「こないだの戦いで相当に弱っていたからな。その方はは鬼が島の刀師に鍛えて貰った。切れ味はさらに増したはずだ」 烏天狗の説明を聞き、鑑識するかのように原田は刀を見つめた。 福本は時計を気にしつつ、そのやり取りを見ていた。 だが、予定時刻になったらしく、福本は原田を呼んだ。 そして、二人は烏天狗に別れを告げ、山を後にした。 ロシアへの出発に向け、残った時間を身支度に費やすつもりであった。 誰も近寄らないような不気味な路地に二人の男女がいた。 男は堂々と路地の真ん中に立ち、女はその後ろでそっと影を潜めていた。 すると、その二人の目の間に霧のようなもやが現れた。 次の瞬間には白髪の男が立っていた。 目は銀色のようであり、にごった灰色でもあった。 少しやせ気味の表情がさらに不気味さを出していた。 白髪の男は二人の男女に話しかける。 「このような場所に呼び出して申し訳ない。榎本」 「いや、構わない。こういう場所は慣れているからな」 二人の男女は榎本と響子であった。 「そうか、まぁ、とにかく本題に入ろう」 白髪の男は榎本を見据えて話はじめる。 「数日後に東シベリア海の油田施設を襲撃する」 「ほう」 唐突な内容であったが、榎本は動揺を見せず話を聞いていた。 「ただ、これは主目的ではない。あくまで第一段階だ」 「そこから政治的な訴えでもするのか?」 「それは俺の仕事じゃない。人間のメンバーがやることだ」 榎本は人間と手を組んだ白髪の男の意図を読めていなかった。 それでも、白髪の男の話を聞いた。 「榎本、貴方には別件で動いてもらいたい」 「どういったことをやればいい?」 「頭の良い君なら、いつ動けばいいかは自然と分かってくるだろう。とりあえず、君に行って欲しい場所の地図だ」 ある部分に印がつけられた地図を榎本は受け取った。 榎本は薄々、白髪の男が求めることがわかってきた。 その様子を見ながら、白髪の男は呟く。 「私はね、異端の王になりたいと思ってるのだよ」 その呟きは、路地に薄気味悪く響いたように感じられた。 次へ |