第九話

「異界」

榎本たちは異界の入り口を通り抜けた。
そこは霧が覆いつくした景色が広がっていた。
周囲には木々が生い茂り、その中を林道が一本だけまっすぐに伸びている。
響子は異質な空間に辺りを警戒する。

「この道をまっすぐ行けば目的地に着くようだが」

榎本は躊躇いもなく、道を進み始めた。
響子もその後に続く。
その道は延々と続いてるように感じられた。
霧のせいで先が見えないのもそう感じる原因かもしれない。
歩みを進めていく中、響子の様子が変わった。

「何かが来ます」

ぼそりと榎本に告げた。
榎本もその気配は感じていたが、正体を把握できないでいた。
しかしながら、薄々は今近づいて来ている正体は予想ができた。
榎本がそう考えていると、足音が聞こえてくる。
それも整った足音で、テンポ良く聞こえる。
まるで行軍する軍隊のような感じであった。

「やはり『亡者の軍』か!」

榎本が言うのと同時に霧の中から複数の人間の形をした何かが現れた。
それらは17世紀ロシアの槍兵を思わせる格好だった。
亡者たちは、榎本たちを見据えると、歩みを止めた。
そして、唯一の武器である槍を構え、密集形態のまま突撃してきた。
榎本たちは一本道の上にいる。
林に逃げれば亡者の突撃を回避できるが、異界の林のため何が起こるかわからない。
どちらにせよ、榎本たちは苦境にいることは変わらなかった。
だが、榎本は動じる気配をみせない。
そして、何かを決断したように正面から来る亡者たちを見据えた。
次の瞬間、戦闘にいた数名が体の一部を残して消えた。

「戦わざるを得ないな」

榎本が呟く。
それを合図とばかりに響子も狩猟刀を構える。

「響子、こいつらは実体と霊体の混ざった状態だ。
実体に近い以上、物理的な攻撃も有効だ。気にせず暴れていい」

榎本は響子に亡者の軍の状態を説明した。
それを聞いた響子はうなずくと、間近まで来た亡者達を切り倒していく。
榎本は槍の攻撃をかわしながら、空間移転能力で敵を消滅させていった。
戦闘を行う二人を遠くから見ていた者がいた。
佐野である。
佐野は、福本の隙を見て榎本が発見した異界への入り口へと駆けていた。
亡者の軍が侵入者に攻撃を仕掛けることを知っていた佐野は、異界に入ってしばらくは身を隠していた。
そして、榎本たちを囮にしている間に亡者の軍を突破しようと考えていたのだ。

「今のうちだな」

佐野は、気配を弱くする妖術を使い亡者の軍の陣形をすり抜けていった。



原田たちはいつの間にか別の場所へと移動していた。
辺りを見渡すと、ごつごつした岩のような地面と黒雲が覆いつくした空の空間であることがわかった。

「ここが鬼が島なのか……」

福本は呟いた。
少しばかり先に大きな門があることが視認できた。

「先に行けば分かるだろうさ」

原田はそう言うと、目の前に見える門へと歩みだした。
福本も手段はそれしかないと判断し、原田に続いた。
しかしながら、地面は歩きにくく、気をつけなければ躓きそうであった。
順調に歩いていくと、先ほど見えていた門に近づいてきた。
門の前には門番らしい人物が立っている。
容姿からして、人間ではなかった。
体格は人間に近いが、額からは角が出ており、体の色も赤かった。
所謂、典型的な鬼であった。
門番は二人に対して、槍を突き出して制した。

「鬼以外は通過許可書が必要だ。提示をしろ」

二人は、門番の要求に従い、烏天狗から貰っていた許可書を見せた。
門番はそれをしっかりと確認し、問題ないと判断した。

「異界出入口の管理部署までの道を開く、少しばかり待ってくれ」

門番は、門の横にある何かの装置をいじり始めた。
鬼が島の門は全ての部署にすぐ移動できる結界が張られている。
これは、移動を便利するためだけでなく、鬼以外の妖怪や人間が訪れた際、無用に鬼と接触しないために取られた処置だった。
鬼は現世を離れて、別の空間で生活しているため、少しのことで現世に生きる者と衝突しかねない。
そのために、そういった処置が取られているのだった。

「部署には連絡を入れてある。問題なく用件に入れるだろう」

準備が整ったらしく、門番は二人に話しかけた。
そして、門がゆっくりと開く。
完全に開いた門を二人は通過する。
すると、目の前には別の空間が広がっていた。
今度は室内である。
古代中国の王宮を連想させるような装飾であった。
二人は呆気に取られていると、誰かが近づいてくるのがわかった。

「話は聞いている。早速、本題に行こうか」

現れたのは、額・こめかみから合計3本角を生やし、肌は白っぽい色をしている鬼だった。
鬼はせっかちなものなのか、と福本は思った。

「天狗から話は聞いていると思いますが、私達は異界へと行きたいのです」

福本は丁寧に話した。
別に下手に出る必要もなかったが、初対面ということもあり、気を使ったのだ。

「その点も把握している。すでに目的地への入り口は開きかけている」

別世界への出入り口は簡単に開けれるものではなかった。
鬼が島が持つ独特な力によって、開け閉めは少なからず楽にはなっているが、それでも、鬼達はかなりの労力を使う。
開けるまでに1日以上必要な場合もある。
今回は、事前に天狗からの連絡があったため、早めに取り掛かっていたため、数分後には入り口が開くようであった。

「少し聞きたいことがある」

原田が突如、口を開いた。

「今回の榎本たちが狙っている『妖怪』とやらについてお前達、鬼はどれだけ知っているんだ?」

その問いに鬼は表情を変えず答える。

「私達が知っていることは、古代に失われた強大な力を『妖怪』が守っているということだ。
だが、すでにその力も『妖怪』も消滅しているとも聞く。
実際に行って確認した者はいないため、真実かどうかはわからないが」

鬼は淡々と説明する。
その説明を聞き二人は唖然とした。

「その力がどういうものか想像もつかないが、それが榎本たちが持てば何が起こるかわからないな……」

福本は呟いた。

「その前になんとかするのが、俺達の役目だろ」

その言葉に対し、原田が反応した。
最もだ、と福本は原田の発言に頷いた。
その二人の様子を見つつ、鬼が口を開く。

「私達としても、異界でのいざこざは困る。できるだけ早期に問題解決を望んでいる」

これは鬼からの励ましの言葉だったのかもしれない。
鬼は何かを感じ取った。

「どうやら、準備ができたようだ」

鬼は手で二人についてくるよう合図を出す。
そして、くるりと後ろを向き部屋の奥へと入っていく。
二人はその後ろをついていった。
薄暗い空間が続いたと思うと、その先に明かりが見えてきた。
異界へと繋がる入り口が開かれた空間が目の前に広がった。
蛍光灯や日光などの日常生活に存在する光には例えられない色の光だった。

「この光の中に入れば異界へと行ける。準備はいいか?」

鬼は二人の方を振り向き言った。
二人は頷いた。

「では、この札を渡しておこう」

鬼は二人に札を手渡した。
天狗から貰った札に似ていたが、描かれた模様は違うものだった。

「それは、探知機のようなものだ。帰りに君たちを異界から引っ張り出すのに利用する。無くさないよう気をつけてほしい」

鬼の説明を聞き、二人は大事そうに札をそれぞれの懐へとしまう。
そして、二人は光の中へと足を踏み入れた。
鬼はその二人を見守った。
見守る視線は信頼と期待が含まれてるようだった。



原田たちの目の前には霧に包まれた空間が広がった。
周囲には木々が生え、林のようになっている。
その中に一本道が整備されている場所だった。

「この道を進めってことか」

霧に隠れて先は見えないが遥か遠くまで続くであろう道を見つめて原田は呟く。
福本は9mm拳銃の初弾を確認すると、原田が見据える前方に目を向けた。

「怪しいが、進まざるを得ないだろうな」
「あぁ、こっちも丸腰ってわけじゃない。何かが出てきても問題はないだろう」

二人は周囲を警戒しつつ、歩みを進める。
しばらく進んでいくと、何やら残骸が散らばっている。

「何か布切れのようだが」

福本はそれらを広い確認する。
原田も地面を見つつその正体を考えた。

「鉄っぽい物も混ざっているようだな。何だろうこれは?」
「切断されたような後があるようだが?」

二人は歩きつつも、残骸の調査を行った。
そして、少しずつ進むにつれてあるものが見えてきた。

「おい、原田……。あれは!?」

福本が見つけたものに指差しをする。
それにつられて原田は視線を向ける。
そこには、人の死体らしいものが散乱していた。

「なんだこれは!」

さすがに原田も驚いた。
福本は怪訝そうな顔をしつつ、それらに近づいた。

「人間ではないようだな」

これらは亡者たちの死骸であった。
格好からして、兵士か何かであることがわかった。
福本は死体を確認してから、発言する。

「どうやら、榎本たちが片付けたらしい」
「ある意味、あいつらが先に異界に入ってくれて助かったかもな」
「さすがにこれほどの数になれば相手するのは難しかっただろうが……」

原田は死体の状況から不安に感じることがあった。

「あいつら、外であれだけ戦闘したのに、未だにこいつらを倒すほどの力があるのか」

その発言に福本も反応した。

「しかし、俺達との戦闘に加え、こいつらとの戦闘となれば、かなり能力は落ち込んでいるはずだ。
今なら止めをさせるんじゃないか?」
「まぁ、うまくいけばな」

原田は、そう言うと死体を踏まないように道を歩きはじめる。
福本もその少し後ろをついて歩いていく。
この先に何が待ち受けているのかという恐怖も抱えつつ、二人は歩みを進めていった。



どれくらいの時間が経ったのか、榎本たちには感覚が掴めなかった。
榎本たちが異界に侵入してから現在まで、ずっと敵の亡者の軍を相手にしてきた。

「これではきりがないです」

響子が敵を切り払いながら言う。
その後ろで榎本も同じことを考えていた。
すると、前方から再び兵士たちが接近してきた。

「厄介だ、中央突破するぞ」

響子は榎本の発言に対して頷き、いつでも動けるように構える。
そして、榎本の能力により兵士達の陣形の中央が空間ごと消失した。
崩れた陣形の箇所に響子が突撃する。
二人はそのまま敵部隊の中央を切り進んで行った。
互いのカバーは息があっていた。
近距離においては響子がカバーし、中距離においては榎本がカバーした。
二人は敵陣を着実に抜け出そうとしていた。



「しかし、何も出てこないな」

福本は歩きつつ呟いた。
先ほどから兵士らしい死体は転がっているが、敵と言う敵が出てこなかった。

「本当にあいつらが全部倒してるのかもな」

原田は軽く答えつつ足を進めている。
倒れている兵士たちを確認しつつ、福本も原田の後を続いていた。
すると、突然、原田の動きが止まる。
福本は思わず、原田にぶつかりそうになった。

「おい?どうした?」

福本は原田に問いただした。
だが、原田は黙している。
何があったのか、と思い福本は原田の視線の先を見つめた。

「いよいよ出てきたみたいだな」

原田はそう言うと、刀を構えた。
それとほぼ同時に霧の中から亡者の兵士達が現れた。
数はそれほど多くないが、10名ほどの数だった。
囲まれたらひとたまりもない、と福本は思いつつ、銃を構える。
原田は前進してくる敵の先頭を数名切り倒した。
その原田に槍を突き出そうとする兵士を福本が射撃する。
近と遠の連携がうまく繋がっていた。
最後の二名を同時に切り倒した原田は刀を鞘に納めた。
福本も弾の補充をし、次の戦闘に備えた。

「それじゃ、引き続き先へと進みますか」

原田たちは再び歩きだした。
霧は未だに濃く、先はほとんど見えない。
周囲を覆う林も不気味さを放っていた。

「一体、いつになったら着くのやら……」

福本はぼやいた。



佐野は予想よりも早く目的の洞窟に到着していた。

「ここが最終地点か」

周囲の林に対して、とても異質な存在に思える巨大な岩が目の前に聳え立つ。
それに大きな洞窟が穿っている。
佐野は本の力を使い、周囲に敵がいないか様子を見た。
何も反応はなく、誰も周囲にはいないことが分かった。

「榎本たちが来る前に用事を済ませてしまおうか」

佐野はにやりとしつつ、洞窟へと足を踏み入れようとした。

「誰が来る前にだって?」

すると、後方より声がした。
佐野はまずいと思いつつ振り替える。
そこには、榎本と響子がいた。

「榎本、無事だったのか」

佐野は自然に振舞った。

「あぁ、少々厄介だったが、無事に切り抜けてきたよ」
「そうか、亡者の軍は中々の強さを持っていると聞いたが」
「霊体にも実体にもなってない連中だ。簡単にあしらえるさ」
「無事なら問題ない。では、早速、目的を果たそう」

佐野はそう言うと、再び洞窟へ入ろうとする。
だが、榎本はその場から動かない。

「佐野、残念だが。そいつは無理だ」
「何?」

佐野は怪訝な顔をして、榎本を見た。

「お前は、古代の『人間』の力を欲しているようだが。俺はそいつが欲しいわけじゃない」
「何の話をしている?」
「というか、俺はすでに目的を達した」
「達しただと?お前もあの力を求めたいたはずだ!」
「俺の目的は亡者の兵士達の霊力を自分の力にすることだ」

榎本が異界に行きたかった理由は、自らの力を高めるためだった。
隙間妖怪は弱小妖怪である。
現代妖怪は、人間や他の妖怪から霊力を奪い取ることで、自らの力や存在を保とうとするが、
隙間妖怪の場合、自らの存在があやふやであるため、実体を持つ者・霊体である者といった存在が確立している者から霊力を奪うことができなかった。 大体の隙間妖怪は自らが消失することを恐れないが、榎本は違った。
人間に近い感性を得たことから、自らの消失を恐れていた。
そのため、唯一霊力を奪うことができる存在である『亡者の軍』から生きるために必要な霊力を奪おうと考えたのだった。

「なるほど……お前が異界に固執したのはそのためだったか。てっきり人間の力を求めたと思っていた」
「佐野、お前こそなぜ人間の力に固執した」

佐野はうつむき、しばらく沈黙した。
だが、何かを決心したように口を開いた。

「お前は存在することを求めているな。だが、俺は逆だ。俺は死にたいんだ」

突然のことで榎本は驚いた。

「俺はな、大昔からずっと行き続けた。偉人たちは不老不死を求め、人生の大半を捨てた者もいるくらいだ。
だが、不老不死などただの拷問でしかない。人間としての感性を持ったまま、どれだけの時を一人で過ごさなければならない。
お前達、妖怪や人間達はいつでも死ねる。だが、俺は違う」
本を持つ佐野の手に力が篭る。
二人は黙って、佐野の話に耳を傾ける。

「だから、俺は全てを消し去ることができる人間の力を求めた。それさえあれば、俺はついに死という目的を達成できるのだ」

不老不死を追い求める人間は多かった。
過去の歴史を見ても、国を造り権力を得、世界すら支配しかけた偉人も寿命には勝てない。
人間は死を恐れ、自らが造り上げた全てが存続することを望んだ。
しかし、人間に待っている物は、死と崩壊と忘却だった。
それとは逆に佐野には生と存続が永遠と記憶が永遠と与えられた。
友人・恋人・家族、いくつ佐野は関係を作り、亡くしてきたのだろう。
死別という死別を永遠と味わった佐野はついに死を目指すことを決めたのだった。
それに必要なものは不老不死さえ打ち払うほどの強大な力であった。
それが、かつての人間が封印した力だった。

「なるほど、それゆえに力を得たかったか」

榎本は呟いた。
佐野が自分を利用して異界に行きたがっていることはわかっていた。
だが、その本当の目的までは見抜けていなかった。
全てを支配したい野心家程度にしか捉えていなかった。
その本性は自らを消し去りたいという自虐家だったのだ。

「だが、佐野。その力はすでに……」

榎本が現在の状況を佐野に伝えようと口を開いた。
だが、それと同時に洞窟より何かが出てきた。

「そう、そんなに死にたいのなら助けてあげる」

それは薄気味悪い声で呟いた。
佐野はその声の正体を視認しようと振り返るが、その瞬間に吹き飛ばされていた。

「佐野!」

榎本は佐野の安否を確認しようとするが、自分達が次の標的になってることに気づいた。

「榎本……逃げましょう」

響子が榎本の腕を引っ張り林へと飛び込んだ。
次の瞬間、榎本たちがいた場所が消失していた。

「あれは、俺と同じ能力!?」

榎本は自らが自らの能力に攻撃されるとは思っていなかった。
あいつは何者なんだ、と榎本は思い、正体を探ろうとした。
それは、白髪で薄白い肌の少女の姿をしている。
その表情はとても物悲しかったが、瞳からは清純さが読み取れた。

「あれが『妖怪』ですか?」

響子が呟いた。
だが、榎本の考えは違った。

「あれは『妖怪』じゃない。あれは『娘』だ」
「『娘』?」
「そう、『妖怪』と人間の間に生まれた『娘』だ。そして、あいつが人間の力を持っている」
「なぜ、そのようなことに?」
「母親の『妖怪』が助けたんだ。病気を治すために人間の力を使った。そのせいであんな化け物になってしまった」

響子は榎本の言葉を聞き、自らのことと重ねた。
自らが望んで出現したわけではない。
人々の畏怖・妬み・憎悪、それらの意識が積み重なり、自らは存在している。
望みもしないのに化け物にされる。
そんな苦痛があっていいものか。
響子はぎゅっと刃物の柄を掴む力が増した。

「これから、どうするかだな」

榎本は『娘』を相手に戦闘を仕掛けるつもりだった。



「何やらやばそうだな」

原田は林の中から様子を伺っていた。
亡者の軍を振り切り、榎本たちがいる場所へと到着した原田たちだった。
しかし、すでに状況が予想外な方向に進んでいた。

「くそ……どうやってこの場を納めるか考えないとな」

福本は頭を抱えた。
どう考えても人間の自分達には対処できるものではない。

「とりあえず、あの佐野って奴を捕まえよう。あいつが持ってる本は使えるはずだ」

原田は名案とばかりに福本へと言う。

「本の使い方が分からないのにどうするんだ」
「そこは、佐野に使ってもらえばいい」
「言うこと聞くのか?」
「そこは、強行手段だろうな」

原田はぐっと拳を突き出してきた。
こいつは暴力で解決する気だ、と福本はため息を付いた。

「榎本たちの件は後回しか、とりあえず大問題を処理しないとな」

福本は中腰で林の中を移動する。
その後ろに続いて、原田も移動する。

「原田、お前の考えを採用だ。佐野に接触する」

二人は、佐野が飛ばされた付近に移動を開始した。



佐野は痛みを感じつつ目を覚ました。

「なんだ、死んだわけじゃなかったのか」

佐野は『娘』からの一撃で消滅させられたと思った。
だが、単に攻撃を受けただけだった。
落してしまった本を拾い上げ、立ち上がる。
木々の隙間から遠くに娘がいるのがわかる。
何かを探しているようだった。
おそらく、榎本たちの気配に反応しているのだろうと、予想した。

「これからどうするかだな」

佐野は自らが求めた物が失われていることに気づいた。
どこからともなくこみ上げてくる無力感が全身を覆った。
消失を求めるのであれば、『娘』に戦闘を仕掛けるしかない。
佐野の中で考えが固まった。


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