第十話

「娘」

林の中から榎本は様子を窺っていた。
いつ攻撃を仕掛けるべきなのかタイミングを計っていた。

「響子、一撃目は任せる。まず、俺が囮になる」

榎本は飛び出した。
考えとして、片方が囮をし、もう片方が攻撃を仕掛ける、これの繰り返しでとどめを刺す機会を作るつもりだった。
響子は榎本が『娘』の前に飛び出したのを見ると、『娘』の死角へと回る。
『娘』は榎本を視認すると、再び空間転移能力による攻撃を行った。
すでに回避する態勢を整えていた榎本は、問題なくそれをかわした。
その瞬間に『娘』の後方から響子が斬りかかる。
『娘』は初めから気づいていたかのように、すっと横に避けた。
外した、響子は自らの失態を悔いた。
真横には『娘』がいる。
自分はこのままやられる、と響子は思った。
だが、次の瞬間、『娘』はその場から後方へと下がった。
榎本が能力を使って、『娘』に攻撃を仕掛けていたからだ。
最強の力を得た『娘』としても空間転移だけは逃れることはできない攻撃だった。

「大丈夫か!?」

榎本は『娘』から視線を反らず、響子の安否を確認する。

「大丈夫です」

体勢を整えつつ、響子は答えた。
そして、再び『娘』に斬りかかる。
互いに攻撃しあうことでカバーしていく。
本来ならば、消耗戦となり、堪えられなくなった方の負けである。
だが、敵に衰える気配がない。
榎本は、自分達だけが消耗し、やられてしまうのではないかと思っていた。
今はとにかく、攻撃し回避すること、これだけを考え動くしかなかった。



『娘』と榎本たちの戦闘が、林の中から見えた。
佐野はどう支援すべきか思案していた。

「いや、死ぬのが目的なんだ」

思案を続ける自分に言い聞かせた。
今、助かる方法を探してどうなるのか、自分は死を望んでこの場にいる。
ならば、何も考えずに飛び出せばいい。
佐野の中ではっきりと定まらない決心を持ち、その状態で飛び出そうとした。

「佐野、見つけたぞ!」

突如、声をかけられた。
佐野は声のした方を向いた。
その先には福本と原田がいた。

「ここまで来るとは。お前達も諦めが悪い」

佐野は呟くと本を開こうとした。
その動作を見るや、福本は手を前に出し、制した。

「まて、お前の力を借りに来た」
「何?」

福本の言葉に唖然とした。
何を言っているんだ、と思った。

「お前は死ぬことを目的としているんだろ?どうせ戦うなら俺達に協力してほしい」
「馬鹿を言うな。お前達に手を貸す義理などあるか」
「ないだろうな。しかし、お前は飛び出せばすぐに死ねるかもしれないのに飛び出さなかった。
それは勝つための手段を考えていたからだろ?」

福本の言葉に佐野は口を噤んだ。
福本は続ける。

「心のどこかで、死に対して躊躇いを持ち、生を望んでいるからじゃないのか?」

佐野はうつむく。
自らの心のうちを読まれてしまったかのような感覚だった。
いや、福本が言うことは佐野の本心そのものなのかもしれない。
永遠という命を持つ故に消滅を望んでいたが、心の奥深くでは、生の喜びを求めていたのではないか。
佐野は再び、答えの出ない迷いにはまり込んだ。

「とにかく、今やるべきことはあの敵を何とかすることだ。
お前が死にたかろうがなんだろうが、目的とすることは同じだ。手を貸してもらうぞ」

締めとばかりに福本は言い放つ。
それを聞いた佐野は何かを決断したかのような顔をした。

「よし、手段を考えよう」

佐野の本を持つ手に力が入っていた。



榎本たちは以前と攻めては避けられの繰り返しだった。
相手が消耗していないことよりも、自分達がまだ無事であることを疑問にすら思う榎本だった。
榎本は響子が斬りかかるのを目にすると、『娘』に対して攻撃を仕掛ける。
『娘』は先ほどまでと違い、ぐんと榎本たちから距離を取った。
何事だ、と榎本は思ったが、構わず能力を使った。
『娘』はそれも軽く避けると、手を突き出し、目を閉じた。
次の瞬間、何かの力に体を押された。
榎本たちは思い切り吹き飛ばされた。
地面を何度か転がりつつも、なんとか体を起こし、体勢を整える。

「念力の類か……」

榎本は自分が何の能力にやられたか分析した。
次の手を考えようとしていたが、その暇はなかった。
『娘』の周囲に炎の渦が巻き起こった。
そして、それは榎本たちに襲い掛かった。
響子が榎本の前に立ちはだかろうとしたが、榎本はそれを制し、響子を引き寄せた。
いくら、響子が壁になろうとも二人とも焼かれるほどの威力を持った炎だった。
榎本は死を覚悟し、炎に焼かれるのを待った。
しかし、炎に巻かれる感覚がなかった。
なぜだ、と思い視線を前に向ける。
そこには水の壁ができていた。

「俺は水の術は苦手だが」

佐野はぼそりと呟いた。
それと同時に水の壁は崩れ落ちる。
水の壁は佐野が作り出したものだった。
『娘』はまさかの妨害に少し動揺したようだった。
そして、次の攻撃に移ろうとしていた。
だが、その横から何者かが飛び掛ってきた。
原田が刀を上段に構え、斬りかかっていた。
『娘』は攻撃を断念し、原田の攻撃を回避した。

「ちっ、いけると思ったけどな」

原田は空振りしたことを悔しがった。
だが、そう余裕を持っている暇はなかった。
空間転移による攻撃が原田を襲う。
原田は、それを予測していたため、後方へと下がり難なく避けた。

「佐野!それにお前は……」

榎本は原田がいたことに驚いた。
驚いている榎本を余所に原田は話だす。

「本来ならあんたらを退治しとかないといけないが、状況が状況だ。
あんたらとの決着はこの場を切り抜けてからだ」
「なるほど、一時休戦というわけか」

榎本は立ち上がり、戦闘態勢をとる。
響子も状況を把握したようで、榎本と共に構える。

「これで、4対1だな。なんとか時間稼ぎはできそうだが」

佐野は呟いた。
先ほどまで榎本と響子でやっていた攻撃手段を4人でやろうということだった。
第一波として、原田が『娘』へと斬りかかっていた。



「くそ……暗すぎる」

福本は洞窟へと侵入していた。
原田たちが『娘』へと攻撃している最中、どさくさに紛れて洞窟へと入っていた。
外の明るさに比べ中はとても暗く、目がまだ慣れていなかった。
それでも、手探りに奥深くへと福本は進んでいく。
福本は佐野から説明を受けていた。
洞窟の奥には古代の人間の能力を封印していた扉があるという話だ。
だが、封印されていた能力は外に出ており、『娘』の力となっていた。
つまり、その扉は何者かに開けられたことになる。
佐野からは完全な解決策が出されたわけではなかったが、奥にいけば手がかりがあると、福本は聞かされた。
福本は奥に何があるのか不安になりつつも、進んでいく。
なんとか目も慣れ、そこまで不自由なく歩けるようになってきた。

「意外と奥まであるんだな」

福本は不安を薄めようと、独り言を呟く。
湿気のある空間で、生き物がいる気配は全くなかった。
常人であれば、すぐにでも引き返すほどの気味の悪さだった。
福本はとにかく、ひたすらに奥へと進んだ。



4人と『娘』の戦闘は未だに続いていた。
『娘』は念力の能力で近寄ってくる敵を排除しようとしていた。
だが、それを佐野の炎による攻撃で妨害される。
その怯んだ瞬間に正面からナイフが飛来する。
響子が投げつけたものだった。
そのナイフを空間転移で消失させ、響子へと攻撃を仕掛けようとする。
だが、意識を前に向ける瞬間に横から原田の剣戟が襲い掛かる。
それを防ごうと風を巻き起こすが、発生する風が少し弱まった。
原田の持つ数珠に力を奪われたのだ。
しかし、弱まった風でも原田の攻撃を防ぐには十分だった。
原田は風に吹き飛ばされるも、体勢を崩さずに着地する。
複数の敵にどう攻撃を仕掛けるか『娘』は考えていた。
だが、その間に榎本が攻撃を仕掛けてきた。
攻撃を受ける瞬間に感じ取っていた『娘』は難なくそれを避ける。
4人による攻撃は『娘』に考える余地を与えなかった。

「敵にして厄介だったはずだ。人間であれほどの動きとは」

榎本は原田の動きを見て思った。
その呟きに響子も頷いた。

「人間にあれほどの動きをされては、私たちも負けていられませんね」

響子は珍しく軽口を叩いた。
好敵手を得たことに喜びを感じていたのか、楽しげな響子の表情を榎本は見ることができた。

「ゆっくりしている暇はないぞ。また連続で攻撃を仕掛けるぞ」

佐野が『娘』の動きを見つつ、皆に声をかけた。
その声に榎本と響子は頷く。

「指図されなくても、ちゃんと動きはあわせるよ。心配するな」

原田が佐野の言い方が気に食わなかったのか、強めに言い放つ。

「そう気を張るな。別に命令してるわけじゃない」

佐野は原田の言葉に対して言い返した。
言い合っていると『娘』に動きがあった。
それを見るや、4人は再び攻撃を開始した。



洞窟へと入ってどれくらいの時間が経ったのか、福本には分からなかった。
目が慣れたとはいえ、暗いものは暗い。
以前と目の前に暗闇が広がっていた。
先に何があるのかしっかり見ようと暗闇に目を凝らす。
すると、奥のほうにうっすらとした明かりが確認できた。

「誰かいるのか?」

疑問に思いつつも、福本はその場所へと足を向けた。
そこには、門があった。
高さは福本の3倍くらいあった。
横幅も大きく、車が2〜3台余裕で通れるほどだ。

「これが、人間の力を封印していた扉……」

あまりの存在感に福本は見とれてしまった。

「そうだ、これが封印の扉だ」

何者かが福本に話しかけてきた。
自分しかいないと思っていた福本はかなり動揺した。
9mm拳銃を構え周囲を確認する。
すると、扉の手前に誰かが座っていた。
福本は銃を構えつつ、ゆっくりとその人物に近づいた。
格好は亡者の軍と同じ服装だった。

「お前は何者だ?」

福本は問いただした。

「私は、ここの門番だ。ただ、勝手に番をしているだけだが」
「門番?あの『娘』が門番じゃないのか?」
「確かにあの子も門番だ。というよりも、母を守っているようなものだ」
「母?」

福本は門番の言うことに理解が追いついていなかった。
門番はゆっくりと口を開き、話始める。
「これは、昔話の一つだが、とても美しい『妖怪』と人間の青年が契りを結び、その間に子どもが生まれた。
だが、青年は持病によって死んでしまい。その子どもも青年と同じ持病を持っていた。
母である『妖怪』は娘を助けるためにこの門に封印された力を娘に与えてしまった。それ故に『妖怪』は罰を受け、『娘』もまた力に囚われてしまった」

門番はまるで懐かしむように、自分が体験したかのように話をする。
福本はじっと黙り、門番の話に耳を傾けていた。

「だが、『娘』の持った力は全てではない。重要な力が与えられなかった」
「重要な力?」
「あぁ、肝心なものだ。それは、門を開閉する力だ」

門番は力の篭った声でいった。
福本はそれほどに重要な力なのか理解できていなかった。
門番は続けた。

「門を開閉する力は謂わば、封印を解く力でもある。『娘』は肝心のその力を得ていない」
「そのせいで、外で大暴れしているとでも?」
「あぁ、あの子は母を守るために異界に入った者を片っ端から殺そうとする。
門の封印をどうこうできることができれば、ああなることはなかったろうに……」

まるで自分の子を心配するかのような言い草だった。
福本は門番に問いただす。

「じゃあ、その封印を解く力ってのはどこにある?」

その問いに対し、門番は少し間を置いて答える。
凄く重い口調で意味深に答える。

「それは、私が持っている」

門番はそういうと顔を上げた。
福本は驚いていた。
初めは、年老いた兵士か何かかと思っていたが、今見えている表情や聞こえる声は、とても若かったからだ。

「貴方は一体……何者なんですか……」

福本は再び問いただした。
その質問に対して門番は笑みを浮かべていた。


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