第八話

「続・戦闘」

原田と響子の打ち合いは未だに続いていた。
響子の攻撃は、先ほどよりもさらにすばやくなっているように思えた。
原田は徐々に体力の消耗が表に出始めていた。

「このままではやられる……」

響子も原田の衰えに気づいているようで、一撃一撃に力が入っている。
今まで人間に害をなしてきた現代妖怪を退治してきたが、ここまで追い詰められたのは初めてだった。
原田は心のどこかで、自分は妖怪に負けるはずはないという想いがあった。
だが、今それが打ち砕かれつつあった。
疲労が増していくのと同時に恐怖心が増していく。

「そろそろ楽になってしまいたいでしょう」

響子は止めを刺すつもりで攻勢に出た。
原田はそれらの攻撃を退け、少しでも休もうと響子と距離をとるために後退する。
仕留め損ねたことで、響子は顔をしかめる。
原田はそんな響子を見据えながら、息を整える。
どうすれば打開できるか、それも同時に考えていた。
そんな時、胸の辺りが熱くなるのに気づいた。
何かと思い、手をあてると数珠が原因であることが分かった。
いつも妖怪を退治する際に利用するもので、妖怪の霊力を奪い消滅させる力を持った数珠だった。
その力を発揮するのは、弱った状態の妖怪でなければ効果がない。
だが、なぜか今、数珠はその力を発動させていた。
原田は数珠を内ポケットから取り出す。
そして、あることに気づいた。
数珠は、刀の霊力に共鳴し、数珠の中に吸収された霊力を刀に与えようとしていた。
原田は刀が力を増していくことのを感じ取っていた。
響子は只ならぬ様子にたじろいだ。
原田の持つ刀は、最上クラスの妖怪並の霊力を放っていたからだ。

「勝機が出てきたか」

原田は数珠を左手に巻きつけると、刀を握り締め、響子へ斬りかかった。
その一振りを響子は両手の狩猟刀で受け止める。
先ほどとは違い、かなりの力がぶつけられていると響子は感じた。
原田の攻撃を押しのけた響子だったが、体に違和感を覚えた。
「霊力が減った?」

直感的に響子は自分の身に何があったか把握した。

「私の霊力を吸ったな……」

響子は原田を見据える。

原田も数珠の今までにない効力を感じ取っていた。

「あぁ、しっかりと取らせてもらったよ」
「だが、少々の霊力を奪われたくらい。なんともないわ」
「そうだろうな。だが、それが重なればどうなるかな」

原田は再び、響子へ斬りかかった。


佐野は体に走る激痛に苦しみながらも福本から距離を置こうとしていた。
福本も佐野を逃がさないように接近を続ける。
小銃がまた振り下ろされる。
佐野は後ろに飛退き、それを避ける。
ひどく厄介だと、佐野は思いつつも更に福本から距離を取ろうと下がる。
だが、激痛から走ることはできなかった。
佐野は下がりつつ、響子の方がどういう状況なのか横目で確認する。
少しばかり、押され気味に見えた。
ただの人間になぜ?と思いつつ見ていると、あることに気づいた。
原田の左手に数珠が巻かれているのだ。

「あ、あの数珠は!なぜ奴の手に……」

佐野は驚いていた。
大昔に作れらその数珠は、当時、穢れをはらうために最も用いられていた
陰陽道と大陸から受け継いだ仏教との力を融合させ作り上げられた物だった。
その効力は、単に霊力を奪うだけでなく、奪った霊力を自らの力にする機能もあった。
しかし、それは人間と鬼との戦争の中で行方知れずとなっていたはずだったのだ。
佐野も一時期、数珠の力に魅了され、探していたが全く手がかりが掴めず諦めていたのだった。

「余所見している暇はないぞ!」

原田の方に気を取られていた佐野は、顔面を銃床で叩きつけられた。
福本はチャンスとばかり佐野を思い切り殴打した。
更なる苦痛に佐野は悶えるが、このままやられっぱなしではいけないと痛みを堪えた。
そして、福本の方を振り返る。

「あまり調子に乗るなよ」

福本はどうせ脅しだろうと、佐野の言うことを無視して再び攻撃に出た。
佐野は左側から振り下ろされた小銃を左手で受けた。
その時、確実に骨は砕けたが、意に介さず空いた右手で福本の顔面を殴った。
佐野の反撃に福本は怯んだ。
追撃とばかりに、佐野は福本に拳を叩きつける。
顔面、腹部と連続して殴られた福本は気を失いかけたが、なんとか意識を取り留めた。
だが、痛みには絶えられず、その場に膝を突いた。
佐野は自分の傷が修復されるのを待つべきかと思ったが、先ほどまでの恨みといわんばかりに、跪いている福本を殴った。
その反動で、福本は無理やり立たされる形となったが、間合いに佐野がいることがわかったので、福本も殴り返す。
殴っては返されの連続であり、完全な肉弾戦が繰り広げられた。


原田と響子の打ち合いには変化が現れつつあった。
響子の霊力を奪おうと、原田は積極的に斬り込んでいた。
一方、響子は、予想以上に力を吸われていることに焦りを覚えた。
原田はこのまま勝てると感じ取り、連撃を加える。
響子はそれらを弾くことはできたが、再び、霊力を吸われていた。
二人は間合いを少し取り、対峙する。
響子は次の攻撃をかわし、一旦、この場を退き態勢を整えることを考えていた。
逆に原田は次の攻撃で仕留めることを考えていた。
着実に響子の力は衰え、原田の刀は力を大いに増していた。
原田は持てる力を振り絞り、響子の懐へと飛び掛ろうと身構えた。
だが、その瞬間、空間に違和感を感じた。
響子は原田の動きが止まったことを不審に思い、周囲を確認した。

「いやー、待たせてしまったな。大変、時間をかけてしまった」

榎本が暗闇から浮かび上がるように出現した。
響子は榎本の姿を確認すると、すばやく身を翻し、榎本の傍へ移動した。
「お前が、隙間男の榎本って奴か」

原田が剣先を榎本に向け、鋭い口調で言った。

「はじめましてだな、原田。俺は君を甘く見ていた」
「ふん、どう思うが勝手だが、俺はあんたらをただで逃がすわけにはいかない」
「使命感に燃えるのはいい。だが、能力の差というものも考えろ」
「何が!お前はすでに霊力使いきっているはずだ」
「本当にそう思うか?」

原田はその瞬間、空間の歪みが起きたように感じた。
今、このまま立っていたら危険だと感じ、後ろへと飛退く。
その直後、先ほどいた地点の地面がごっそりとなくなった。

「空間移転……!」

原田は咄嗟に能力の分析をした。
榎本は不気味な笑みを浮かべた。

「ご名答。それが俺の力だ」

それはあらゆる空間を別の場所へと移す力である。
所謂、テレポートに近い。
だが、榎本の場合、移転させるというよりも消失させる方に近いと言えた。
榎本はもう一度、原田に対し攻撃を仕掛ける。
原田は先ほどの攻撃で、空間移転が発生する空間の歪みを把握していた。
そのため、攻撃が発動する寸前で回避することができるようになっていた。
榎本は少しばかり、驚かされたが、ペースを飲まれてはいけないと意識しないようにした。

「ここで、もうしばらく君と遊んでいたいが、時間が危なくてな」

榎本は原田をしっかりと見据えて、サングラスへと手をかけた。


福本は、榎本と原田の戦闘に気づいていた。
佐野と間合いを取ると、二人の状況を確認した。

「あ、あれは……駄目だ!」

福本は榎本がサングラスに手をかけるのを見た。
榎本が目の能力を抑えているサングラスを外そうとしているのだ。
その効力は目の前に立ち、目を合わせている原田に発動される。
福本は、89式小銃を正しく構え直し、榎本を狙撃しようとした。

「この野郎!余所見しやがって!」

横から佐野が殴りかかってきた。
福本は寸前で拳を避け、佐野の胴体に銃弾を撃ち込んだ。
全ての銃弾を浴びた佐野は、そのまま倒れこんだ。
そして、再び榎本を狙撃しようと構える福本だが、響子がこちらの動きに気づいていることが分かった。
ここで、榎本を狙撃したところで、響子がそれを阻止するだろう。
ならば、取るべき手段は一つ、榎本の目を原田に見せないようにすることだった。
福本は瞬時に考え、一つの方法を取った。

「原田!しっかり見ろよ!」

福本は叫ぶと、円筒形のものを原田たちの場所へ放り投げた。


「何だ?」

原田が福本の叫びに何事かと思っていた。
そして、飛来する円筒形のものを目で追う。

「あれは!」

原田はその正体を理解した瞬間、周囲は閃光に包まれた。
福本は閃光手榴弾を投げ、原田の目を見えなくすることで、榎本の攻撃を無効にしようと考えたのだ。
原田は見事に視界を失い、動くに動くことができなくなった。
榎本はサングラスを取る寸前に閃光が走ったので、視界を失わずに済んでいた。
響子もまた、直感的に見てはいけないと判断し、視線を逸らしていた。
完全に視界を失ってる原田を消すのには今のタイミングしかないと響子は思い、行動した。
だが、福本がそれを許さなかった。
下手に原田に近づけば福本の射撃を受けることになる。
響子は原田への攻撃をためらった。

「もう時間だ。奴らの始末はもうしなくていい」

そんな響子に対して、榎本が優しく告げる。
響子は小さくうなずくと、榎本と共に暗闇へと消えていく。

「おい、まて!」

はっきりと見えていないが、気配から二人がいなくなったことを感じ取った原田は叫んだ。


福本は榎本たちを逃したと、悔やんだ。
そして、佐野の扱いをどうしたものかと振り返った。
だが、その場に佐野の姿はなかった。
本もなくなっていたため、復活して逃げていったのだろう。
最後に胴体を撃ち抜いたのは失敗だったと、福本は思った。
とにかく、今は取り逃がした榎本たちへの対処を考えねばならなかった。
福本は原田のもとへ駆け寄った。
原田はなんとか視界を取り戻しつつあったようだ。

「大丈夫か?」
「大丈夫なものか……あんな光、まともに見て失明でもしたらどうするんだ」
「感謝してくれよ。下手すればお前は榎本の目の餌食になってたかもしれないんだぞ」
「そりゃ、分かるが、もっと方法があっただろう」

二人は先ほどの戦闘に関して揉め始めた。
しばらく、口論が続いた。
会話が途絶えた時、二人はため息をついた。

「奴らをどうするかだな」

福本は榎本たちが消えていった方を見た。

「時間がないと言ってたな。あれは例の入り口のことか」

原田は瞼を強く閉じたり開いたりを繰り返しながら言った。

「だろうな」
「じゃあ、もうこっちにいないのか」
「そうなる……とだな、また奴らを追うのが難しくなってくるわけだが……」
「俺達、最近ついてないな」

がっくりと原田は肩を落した。
折角、支給してもらった銃も無事なのは9mm拳銃のみで、他の装備は損傷が激しかった。

「この状況をどうするかだな……」

福本もため息をつかざるをえなかった。

「そう落ち込むことはない」

突如、空か声がした。
何事かと、二人は周囲を見渡す。
すると、どこからともなく、烏天狗哨戒部隊の隊長が現れた。

「何だ、何でこんなとこまで来てる?」

原田がそっけなく言う。

「君たちに良い情報を持ってきたんだ。ほら、鬼が島への通行札だ」

烏天狗はそういうと、二枚の札を原田たちに渡した。
二人は突然のことでぽかんとしていた。

「何で鬼が島?」

原田が当然の如く疑問を投げかけた。

「榎本たちは異界へと移った。現在、鬼が島ではいくつかの異界への通路を管理している。
その通路を利用すれば、榎本たちを追うことができるのだ」

烏天狗は原田たちに説明した。
鬼は人間にとっては恐怖の対象でしかないが、彼らは地獄の管理者としても仕事をしている。
そして、突如として複数発生した異界の入り口に関しても鬼たちが管理していた。
いわば、正門を守る守衛といった役目でもあるのだ。
榎本たちのように特殊な力で異界へ行く者たちは裏門から進入しているようなものである。
鬼達はそのような重大な仕事をしながらも、人間達と熾烈な戦争を繰り広げ、種の衰退を恐れ、人間と停戦条約を結び、自らの世界に篭った。 逆に鬼が島という限られた空間に異界への入り口が集中していたことは幸いと言っていいのだろう。
今回のように何かを仕出かす連中がいる可能性がある。
そういった連中が異界へ入り込めないようにすることもできるのだ。
閉じた世界にいても、鬼達は本来の仕事をしていた。

「なるほど、この札で鬼に許可をもらって榎本の後を追えと……」

原田は険しい顔をする。

「許可があるとはいえ、人間が行って良いのか?」
「これは緊急事態だ。不安がることはない。大天狗がすでに伝言を鬼が島に送っている」

烏天狗が状況を伝えた。

「幸いにもこの地点は空間が不安定だ。鬼が島の入り口に入るのは今しかない」

烏天狗はそういうと、別の札を出し、空中に放り投げた。
すると、原田たちの目の前に空間の亀裂が起きた。
そして、人一人が通れるくらいの穴ができた。

「さあ、二人とも行ってきてくれ」

その穴に入っていく二人を見守りながら、烏天狗はその場を飛び去った。


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