第七話

「戦闘」

夜中にも関わらず、街は喧騒の様相を見せていた。
その街から遠く離れた東京湾にひっそりと浮かぶ人口の鉄の島があった。
今は陸地と橋で結ばれているが、いずれは切り離され大海へと向かう島だ。
そこに二人の男女がいた。
現代妖怪の榎本と響子である。
二人は遠くの街の輝きを見つめていた。
事情を知らない者からすれば、夜景を見つめるアベックに見えるだろう。

「さて、そろそろ最終段階だ」

榎本は口を開いた。
そして、能力を使うために神経を集中させた。
響子は榎本の邪魔にならぬよう、少し距離を置き見守った。
榎本の周辺には異質な空気が流れていた。
響子は何者かに邪魔されないようにと、周囲を警戒する。
そんな時、遠くに車の音が聞こえてきた。
凄まじいスピードを上げているのがわかる。
早速邪魔か、と響子は思いつつ、車がやってくる方向へと走った。


原田たちは猛スピードで目的地に向かっていた。
現在、メガフロートへと繋がる橋を渡っている。
福本は不安を感じていた。

「一本橋だ……抜けた先で待ち伏せされているだろうな」

思わず、呟いていた。

「だろうな。だが、思い切って突っ切るしかないだろ!」

原田は投げやりだった。
待ち伏せされているなら、それを突破するのみだと意気込んだ。

「そろそろ橋が終わるぞ」

福本は次に何が起こってもいいように身構えた。
原田はハンドル操作を誤らぬよう意識を操作に集中させた。
車が猛スピードで橋を抜けきった次の瞬間、目の前に何かが飛び出してきた。
黒い長髪、顔に巻いたマフラー、そして白いコートを纏っていた。

「口裂け女だ!」

福本は原田に注意を呼びかけようと叫んだ。
それと同時に響子はナイフを車に投げつけた。
原田は響子に車ごと体当たりしようと考えていたが、ナイフが飛んできたことで諦めた。
ナイフはタイヤに命中し、パンクした。
原田はバランスを崩した車を立て直そうとハンドルを巧みに操作する。
ナイフはタイヤを狙っていたと予測していたため、立て直すための操作を行えたのだ。
車はバランスを崩し、蛇行運転を続けるが、徐々にスピードが落ちてきた。
そして、そのまま無事に停車した。
停車するや否や、すぐさま二人は車から飛び出し、射撃体勢に入った。
しかし、響子は現れた地点から動こうとしない。

「ちっ、こっちに来いってことかよ」

原田は9mm機関拳銃を2丁構えると、少しずつ響子に近づいていった。
福本は89式小銃を構えた。
「接近戦はお前の得意分野だ。俺は後方から支援する」
「あぁ、任せておけ。後ろは頼んだぞ」

原田は自分の持つ銃の射程内になるまで、歩んでいく。
しかし、それよりも先に響子が動いた。
ナイフを両手に構え、こちらに飛び掛ってきた。
原田は相手が先に動いたことに気づくと、両手を突き出し、前方に向けてフルオート射撃を行った。
左右合わせて50発の弾が惜しみなく放たれる。
だが、それらを響子はかわしていく。
一気に間隔を詰められた原田は弾倉を交換するのを諦め、9mm拳銃を引き抜き発砲した。
しかし、これも例の如く、回避もしくはナイフで弾かれた。
完全に響子の間合いに入ってしまった。
響子の右手が原田の首に目掛けて突き出される。
原田は体を思い切り後ろに仰け反り、なんとか回避した。
だが、この体勢では、バランスが悪く次の動作に移れない。
次に響子は左手を原田の腹部に目掛け突き出した。
この二撃目は命中した。
しかし、感触がおかしかった。
響子のナイフは見事に刃先が折れていたのだ。

「防弾チョッキか」

響子は冷静に状況を把握した。
突き出した右手を引く反動を利用して、そのまま一回転し、再び原田の首を狙う。
だが、回転している間に原田は後ろにそのまま倒れこんでいた。
すると、遠くから銃弾が飛来した。
響子はそれを回避するため、後方に一気に下がった。

「すまん、福本!」

原田が起き上がりながら叫んだ。
そして、使い切った弾倉を入れ替えた。
響子は二人を睨みつけた。
思ったよりも厄介な連中だと判断したのだ。
しかし、ここでこいつらを見逃してしまったら、榎本の目的を妨害するだろう。
絶対にここで始末しなくてはいけない、響子は心の中でそう言い続けた。

「まずいな……」

福本は呟いた。

「人間と妖怪とじゃ、やはり対等にやり合えないか」

先ほどの原田の動きから福本は危機感を持っていた。
口裂け女はまだ本気じゃない、福本はそう感じていた。
先ほどの動きは普通の人間を殺す際の動きだ。
おそらく次の攻撃は本気でかかってくるだろうと福本は予想した。
原田も当然、それを感じ取っていた。

「先手必勝」

原田は9mm機関拳銃を構え、響子に向けて放った。
響子は避ける気配を見せず、ナイフを両手に構えた。
そして、命中コースにある弾丸を全てナイフで叩き落した。

「人間の文明もこの程度か」

響子は呟き、刃毀れしたナイフを捨てる。
そして、コートの内側から棒状のものを取り出した。
それは、独特の金属音を出しながら、刃が飛び出してきた。

「仕込み式の大鎌かよ……」

原田はその様子を見ながら息を呑んだ。
まさに響子のシルエットは死神を連想させた。
福本は只ならぬ様子に気づき、響子に向けて弾丸を放つ。

「原田!そいつには銃じゃ勝てない」

福本がそう叫ぶ傍らで、響子は自分に飛来した弾丸を大鎌で弾いていた。
やはり無理か、と福本は思った。
響子は大鎌を振りかざし、原田に襲い掛かった。
間合いを詰められまいと、再びフルオートで発砲する。
だが、案の定、全弾命中しなかった。
次の瞬間には完全に響子の間合いに入っていた。
原田は銃を放り投げ、腰の刀に手をかけた。
そして、居合いでもするかのように一気に引き抜いた。
周囲に金属と金属のぶつかる音が響いた。
大鎌と刀が衝突していた。
原田と響子は鍔迫り合いをしばらく続け、埒が明かないと両者判断し、互いに後方へと下がった。

「ここに来て妖刀を出してくるか」

響子は呟いた。
やはり、こいつらは厄介だ、と心の中で呟く。


「派手にやってるな」

原田と響子の戦闘を遠くから見つめる男がいた。
佐野鳥石である。

「榎本はまだ入り口を見つけられないのか」

今度は、異界の入り口を探す榎本を遠めに見つめる。
様子からして、まだ見つかりそうにないのがわかった。
佐野は小さく舌打ちすると、再び、原田と響子の戦闘へと目を向ける。
響子が原田の急所を刺せそうになると、遠くから銃弾が飛んできている。
それをかわすために原田と間合いを置いている。
遠目から見て原田と福本の協力体制がよく分かった。

「手助けしてやるか」

佐野は内ポケットから本を取り出すと中身を読み始めた。


福本は焦っていた。
自分が支援していることと原田の身体能力が優れてるおかげで口裂け女とやり合えているからである。
だが、原田の体力が尽きた時、こちらの負けとなってしまう。
なんとしても早期に敵を退ける必要があった。

「何か方法はないのか……」

福本が手段を考えていると、徐々に周囲が熱くなるのを感じた。
不審に思った福本は熱を感じる方に視線をやる。
すると、そこには火の手が上がっていた。
それも車のすぐ近くだったため、ガソリンへの引火を恐れ、福本はその場から離れた。

「直に火をつけるべきだったな」

暗闇から声がした。
福本は目を凝らして声の主を見定めた。

「お前は、佐野鳥石!」
「よくご存知で、しかし、すぐに君は退場することになるがね」

そう言うと佐野は本に視線を向けた。
福本はそれを見て、烏天狗の報告書通りだと思った。
次の瞬間、どこからともなく火の玉が飛んできた。
福本は思い切り後方に飛退いた。
なんとか火の玉を回避することに成功した。
しかし、そう何度も避けれるものではない。
福本は佐野の動きに注視し、タイミングを計る。
佐野は攻撃を避けたことには一切、関心を示さずに次の攻撃を行おうと本に目を向けていた。

「今だ」

福本は何かを佐野の足元に投げた。
佐野は何かが転がってきたことに気づき、そちらに視線を向ける。
円筒系のものが見えたかと思うと、それは突如、発光した。
福本は閃光手榴弾を投げていた。
当の福本は目をしっかり瞑り、後ろを向いていた。
耳鳴りがするが、視界ははっきりしていた。
福本は光の目潰しにより、怯んでいる佐野に向けて銃弾を浴びせた。
佐野の体は痙攣するように跳ね、そのまま倒れこんだ。


原田は後方での発光と銃声で福本が誰かと戦闘していることに気づいた。
福本が心配になり、そちらに視線を向けようとする。
しかし、そこに響子が攻撃を仕掛ける。

「余所見するほど余裕があるのですか?」

間近で見る響子の瞳は殺意に満ちていた。
どうすれば、こんな目をすることができるのか原田には分からなかった。

「ちょっと、休憩でもと思ってね」

原田は軽口を叩きつつ、響子の鎌を弾いた。
何合打ち合ったか覚えていないが、それでも刀は全く刃毀れしていなかった。
一方、響子の大鎌はそれなりに傷ついていた。

「しかし、今頃になって加勢とは……佐野という男は何を考えている」

響子は佐野の動向も気になっていた。
加勢してもらえるのは助かるが、この二人が到着した段階で戦闘に参加できていたはず。
まるで、他人事のように振舞う節があるなと、響子は感じていた。
だが、今細かいことを考えても仕方がなかった。
とにかく、目の前に立つ男・原田を討たなければならない。


福本は作戦通りに目潰しからの射撃に成功した。
まさかここまでうまく行くとは思っておらず、拍子抜けしていた。

「意外にあっけなかったな」

福本は再び、原田の支援に戻ろうとした。
歩きながら、弾倉を交換した時だった。
嫌な感じが再び襲ってきた。
その気持悪さから倒れていた佐野に目を向ける。

「そう簡単に倒せると思ったのか?」

倒れている佐野はそう言うと、何事もなかったように起き上がった。
福本は困惑した、弾倉に残った弾丸は全て放ったはずだと。
あれほどの銃弾を浴びて死なない人間がいるのだろうかと疑問を持った。

「あぁ、貴様は知らなかったのか。俺の名前を知っているからてっきり能力も知っていると思っていたが」
「何?お前は、本を用いて妖術を使うのが能力ではないのか?」
「それは本自体の力だ。俺の能力は不老不死だ」

福本は愕然とした。
まさか、自分が不老不死の敵と相対することになるとは思っても見なかったからだ。
そして、その証拠に先ほどの銃弾の後が徐々に修復されていく。

「さてと、福本とやら。お前は俺を倒せるかな?」

にやりと嫌な笑みを浮かべて佐野は本を眺め始めた。
ここで、止まっていてはいけないと福本は銃弾を佐野に浴びせる。
だが、佐野の周囲に強風が起こり、銃弾を全て落した。
それを見た福本は、心の中で叫んでいた。

「これはまずい」

冷や汗がゆっくりと垂れた。


原田は響子の攻撃を弾きながら、焦りを感じた。
できるならば、そろそろ決着をつけたいと思っていた。
このまま長引けば自分の体力が持たないと感じていた。
だが、相手には隙がない。
どうしたものかと、考えていると再び、響子が斬り掛かってきた。
それを難なく弾くと、今度は攻めに出た。
響子の持つ鎌が意外と傷ついていることに原田は気づいていた。
このまま押し切れば、相手の武器は壊れるのではないかと思ったのだ。
原田は損傷が激しい箇所を狙った。
天狗の霊力の影響を受けているためか、一太刀に力が感じられた。
響子は原田の攻撃に全く動ずる気配がなかった。
一つ一つ、綺麗に受け流していく。
しかし、それも長続きしなかった。

「手応えありか」

原田の読みどおり、響子の大鎌は独特の金属音を放ち砕けた。
今がチャンスとばかりに原田は響子の懐に入り、刀を横一線に振る。
これは決まったと原田は思った。
だが、響子は焦る気配を全く見せなかった。
次の瞬間、金属のぶつかる音がした。

「貴方の読みは分かっていますよ」

響子の両手には狩猟刀が握られていた。
原田の太刀は響子の左手で防がれていた。
そして、右手は原田の首を狙っている。

「くそ!」

原田は体勢など気にせず、後ろに飛退いた。
何とか響子の攻撃を避けることができたが、バランスを取る事ができず、そのまま倒れこんだ。
そして、出来だけ早く起き上がり、刀を構える。
自分では賭けに出たつもりだったが、簡単に読まれていた。
次はどうしようかと、原田は響子の様子を伺った。


福本は佐野と対峙していた。
何とかして相手の動きを止める方法はないかと、福本は考えていた。
そんな福本を気にするわけでもなく、佐野は本を眺め始めた。
次の攻撃を行おうとしているのだ。
次は何が来るんだと、福本は身構えたが、その時あることに気づいた。

「そうか、あいつは本を使って攻撃しているんだ」

単純なことであった。
武器を手元から無くせばいいのだ。
今までの攻撃の仕方から、技を発動させるためには、佐野が本を見なければならない。
つまり、本の中身が見えなければ攻撃はできない。
福本の中で結論が出た。
そして、佐野が攻撃を仕掛けてきた。
再び、火の玉による攻撃だった。
福本はそれを先ほどの要領でかわすと、再び閃光手榴弾を放り投げる。

「また同じパターンか」

佐野は目を瞑った上で、手で目を押さえた。
福本も先ほどと同じように閃光を逃れる。
そして、すぐに行動を開始した。
佐野は目を守ったとはいえ、間近で光が放たれたため、少しばかり視界に違和感があった。
そのため、攻撃に移ることができなかった。
福本はそのチャンスを逃さなかった。
佐野の本を持っている右手に目掛け銃撃を加える。
右手は被弾し、本は手からこぼれた。

「ちっ、煩わしい攻撃をしやがって」

佐野はしゃがみ込み、本を拾おうとした。
どうせ、また銃撃してくるだけだろうと考えていたからだ。
だが、佐野の予測は外れた。

「うおぉぉ!」

福本の叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には左脇腹に衝撃が走っていた。
あまりの痛さに佐野は悶えた。
福本は佐野の不老不死の能力に目をつけた。
不死の力は死ぬと生き返る力でもある。
死ぬことで痛みを感じず、何事もないように復活する。
だが、死なせずに痛みを与え続ければどうだろうかと、福本は考えた。
痛覚は人間と同じであるなら、身動きできない程度まで痛みを与えればいいという考えに至った。
痛みを与える方法としては、銃撃より殴打の方が効果的だと判断した。
特に5.56mm弾の場合は綺麗に貫通してしまい、撃たれたことに気づかないくらい痛みがないこともある。
それならば、鈍器として銃を利用した方が良かった。
福本はしゃがみ込んだ佐野の左脇腹に思い切り89式を叩きつけたのだ。

「不死とはいえ、痛いものは痛いだろう」

佐野はその問いに答えることなく、地面で蹲る。
そして、痛みが治まったのか起き上がってきた。
だが、その途中で福本が殴打してきた。
再び、脇腹をやられ呼吸困難になりかけた。

「殺しはしない。死なれたらまた面倒だからな」

福本は肩で息をしながら言い放った。
不老不死は死なずとも少しずつ傷が癒えていく。
その傷が完全に治る前に福本は次の攻撃に移る。
佐野は、攻守が逆転したことに気づいた。
本を手にすればまた違うのだろうが、本が落ちているところまでは距離がある。
今、この痛みに耐えながらいける距離ではなかった。
佐野はここに来て、福本を舐めて掛かっていたことに後悔した。


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