第六話

「続・動」

原田たちは事務所へと戻ってきた。
すぐにでも行動を起こしたかったが、榎本たちの潜伏場所が分からないため、下手に動けなかった。

「意気込みは良かったが、これじゃどうしようもないじゃないか」

原田がぼやいた。
福本はそれを聞きつつ、椅子に深く座っていた。

「例の隙間男と関わった官僚たちから情報が入るかと思ったが、一度あった程度で全然関わりがなかったようでな」
「曖昧な所を情報源として期待してたのか……」
「資金提供をしていたから、結構深く関わっていたと思ったのだが」
「単純に金だけ渡してたってことだろ」

二人はため息を付いた。
うまく調査が進んだかと思ったが、ここに来てどん詰まりだった。

「何か情報が転がってこないものか……」
「また、地道に調査するしかないだろう」

そう言って福本は立ち上がり、外出の準備をした。
再び、外を回って情報収集を行おうと考えたのだ。

「うまく行くかね……」

原田はその様子を見ながらぼやいた。
すると、どすんと何かが落ちてくる音がした。
二人はその音に気づき、互いに目で合図を出し合った。
拳銃を構え、警戒しつつ外へと出た。

「な、お前は……」

原田は思わず驚いた。
そこには大火傷を負った烏天狗が倒れていた。
原田は服についたロゴマークからどこの烏天狗か把握した。

「お前、第21小隊の隊員なのか。なぜこんなことに……」

烏天狗は息も絶え絶えの様子だったが、何かを言おうとしていた。

「こ、これを……」

烏天狗は巻物を手渡した。
これは彼らにとっての報告書であり、調査したこと記載していくものだ。
記載する方法は筆などで直に書く場合もあるが、緊急時は念写を行い自分の記憶を巻物に焼き移す。
今回の場合、烏天狗は調査した内容の記憶を巻物に念写していた。

「すぐに治療して天狗の山に連れて行かないと」

原田は焦りながら言う。
だが、福本は冷静に判断した。

「いや、もう手遅れだ。すでに風化している」

烏天狗は負傷した部分から徐々に消えかかっていた。
そして、風に揉まれてサーッと消えていった。

「おそらく、最後の霊力を使ってここまで来たのだろう。天狗の山に戻るまでの力はなかったんだろうな」
「これが彼の最後の仕事ってところか」

原田は受け取った巻物を握り締めた。

「これは念のために天狗の山へ持っていった方がよさそうだな」
「あぁ、そうだな」
「すぐに準備するぞ」

二人は装備を整え、車に乗り込んだ。


原田は猛スピードで天狗の山を目指した。
その横で、福本は巻物を広げている。
事務所で他の資料と照らし合わせて読もうと福本は考えたが、事情が事情なため悠長にしてられないと判断した。
そのため、天狗の山へ向かうまでの間に巻物の内容を把握しようとした。

「隙間男は何か入り口を探そうとしているようだな」

福本は巻物を読みながら話した。
原田は運転しつつ、福本の話に耳を傾けた。

「一体何の入り口なんだ?」
「いや、そこまでは書かれていない。ただ、その捜索のせいで霊力を多く消費するらしい。
そのために護衛として口裂け女を連れ出したようだな」
「中々、厄介なことを思いつくもんだ」
「力がない分、知恵がつくんだろう。そして、烏天狗は死ぬ寸前に何が起きたかだが……」

福本は巻物終りの方に目を通した。
内容を目にし、福本は怪訝な顔をする。

「特殊能力を持った人間にやられただと?」
「超能力とかか?最近はそういった事象は報告されてないはずだ」
「あぁ、それに殺傷するほどの力を持った者は国内にはいない」
「じゃあ、妖怪か?」

福本はさらに詳細を得ようと、報告を読み進める。

「報告されると困るといったことを言っていたようだな。隙間男と関係のある人物かもしれない」
「じゃあ、まさか」
「佐野って奴かもしれないな。容姿の報告からして、榎本と一緒に写っていた奴とも酷似する」
「負傷していたとはいえ、烏天狗を倒すほどの力を持ってるとは……難儀しそうだな」

福本は巻物を直すと、窓の外へと目を向けた。
ネオン街を完全に離れて、周囲は暗闇だった。
明かりといえば、時々、外灯がある程度である。
福本はぼーっとそれらを見ながら、面倒なことになったな、と心の中で呟いた。
原田も同じことを考えいただろう。
そうこうしているうちに、天狗の山の麓に到着した。
二人は懐中電灯を片手に山の中へと入っていく。


どのくらい歩いただろうか、山の中に大分と踏み込んでいた。

「そろそろ現れると思うが」

原田が周囲を見回しながら呟いた。
その言葉に反応したかのように風が吹いた。

「予想より早く到着したな」

木の上から声がし、二人は視線を向けた。
そこには、烏天狗がいた。
格好から哨戒部隊の隊長だと分かった。

「先日ぶりだな。隊長さん」

原田は軽く挨拶をした。

「こんな時間にすまない。少し急ぎの用があって、君たちから情報を得たいんだ」

福本が丁寧に話しかけた。
そして、手に持った巻物を哨戒部隊の隊長にみせた。

「やはり、あいつはやられたのか……霊力の感じからそんな気はしていたが」
「あぁ、彼は最後までしっかりと任務を果たした。それの報告だ」

福本の言葉には力が篭っていた。
哨戒部隊の隊長は数秒だけ目をつぶっていた。
おそらく、黙祷を捧げたのだろう。

「では、案内しましょう。ついてきてください」
哨戒部隊の隊長は木から飛び降り、二人の前を先導し、歩き始めた。
二人は黙ってその後ろをついていった。
どんどん山奥へと入っていく、もしここで天狗と離れたら確実に迷うことは誰の目にも明らかだ。
二人にとっては同じ所を行き来しているように感じられた。
それでも黙して天狗の後に続く。

「見えてきた」

哨戒部隊の隊長が指差した先に洞穴があった。
洞穴は物々しい空気を放っている。
哨戒部隊の隊長は二人を洞穴へと誘導する。

「よし、この辺で待っていてくれ。今、大天狗様をお呼びする」

二人は驚いた。
てっきり、天狗の幹部級との情報交換となると思っていたが、この山のトップが出てくるとは思ってもなかったからだ。

「二人のことは伝えた。すぐに来られる。ただ、会うことはできない会話するだけだが、構わないか?」
「あぁ、話さえできれば十分だ」

原田は烏天狗の問いに答えた。
福本は、原田の発言に同意する意味で頷いた。

「なら、私はここで失礼させてもらう」

そういうと哨戒部隊の隊長は風のように去っていった。
それと入れ替わるかのように声が洞窟内に響いた。

「この度は、わざわざすまないな」

二人に対して侘びの言葉が投げかけられた。
声の正体は大天狗だった。

「大天狗殿、今回はお悔やみ申し上げます」

福本は礼儀として大天狗に言った。

「あぁ、心苦しい。わしの命令によって動いてもらったが、まさか命を落す結果になるとは思ってもみなかった」

声の調子からかなり気落ちしているようだった。
それでも古参妖怪の長としての貫禄は感じられた。
「だが、悲しんでいる時間はない。先日、原田殿と接触した後からわしらも現代妖怪について調査を行ったのだ。
その中で、分かったことがある」

大天狗はゆっくりと力強く語りかけてくる。
二人は息を呑み、話に耳を傾ける。

「あの男、隙間妖怪・榎本は『妖怪』が住む異界への入り口を探しておるのだ」
「何ですって!」

福本は驚いた。
異界が存在するという話は噂程度に聞いていたが、本当に存在しているとは思いもよらなかった。
そして、『妖怪』というキーワードからあることに気づいた。

「では、まさか、現代妖怪に『妖怪』ことを聞いていた佐野鳥石という人物も……」
「奴は佐野という名だったのか、そうだ。その男も榎本と共に異界へと行こうとしておる。
そして、榎本に異界の存在を教えたのもその男だ」

これで流れが見えてきた、と福本は思った。

「奴らを異界へ行かせてはならない。異界には大昔に封印された強大な力が眠っておる。
おそらく、奴らはその力を求めておるのだろう。果たして、その力を得て何を起こそうとしているのやら……」

福本は整理した。
佐野は異界に眠る力を求め、また榎本も力を欲していた。
この二人は同じ目的を持つことから協力関係になったのだ。
佐野が榎本に接触した理由も隙間妖怪の能力で異界への入り口を探させる目的があったのだろう。
だが、その能力を使うとひどく霊力が弱まり、人外専門機関にやられる可能性があった。
日本では福本たちだけだが、海外の連中もうろうろしている、いつ目をつけられるかわからなかった。
そこで、護衛役として佐野は現代妖怪たちを雇おうとした。
だが、話に乗らない者もいれば、榎本を守れるほどの力を持った者に会い出せなかったのだ。
最終的に行き着いたのが、官僚たちに隔離されていた口裂け女を仲間に引き入れるという考えだったのだろう。
そして、烏天狗が命と引き換えに伝えた異界の入り口を探しを行う榎本の姿。
この流れから推測するに、先日の烏天狗を倒したのも佐野であることが確定したと言ってよかった。

「私達も行動を起こしたいのですが、榎本たちがどこに潜伏しているのか情報が手に入らないのです」

福本は自分達の状況を伝えた。

「残念ながら、わしらでも今どこに奴らがいるかはわからぬ」

その言葉に福本は肩を落した。
調査を行っていた烏天狗も榎本がどういう行動をやっているのかは監視していたが、
隠れ家を発見するまでには至らなかったのだ。

「しかし、次に奴が能力を使うかは見当がついている。この世界には空間が歪んでいる箇所がある。
当然、人間には分かる程ではない。だが、妖怪たちにはそれが分かるのだ。特に隙間妖怪はその探知が敏感だ」
「では、次はどの地点に現れると予想されるのです?」

福本は質問する。
一方、原田は黙していた。
単純にこういう礼儀が必要な場では、福本の方が適任だと思い黙っているのだった。

「奴はすでに大部分の箇所を調査済みだ。そして、次が本命のはず。
その場所は、最も境界があやふやな箇所である。陸地とも言えず、海でもない場所だ」
「埋立地ですね。しかし、様々なところに埋立地は存在します」
「そうだな。だが、その中でも最近、建造されているものがあるだろう」

福本は頭を振り絞った。
埋立計画は最近のものでも多く存在する。
その中から候補を選びだすにはヒントが少ない。

「まさか、浮き島計画……メガフロート開発計画か」

突如、原田が発言した。
日本政府は建設業界と造船業界に協力を依頼し、メガフロートの開発建造を進めていた。
政府としては、メガフロートを用いて飛行場や研究施設を陸地から切り離した状態で設けようと考えていた。
現在、その第一号が試験的に東京湾で密かに準備されていた。
ただ、表立っては埋め立て工事として認知されている。

「なるほど、人工的に作られた陸地なら、境界があやふやといっていいな」

福本は原田の発言で大天狗の言うことを理解した。

「そして、東京は全ての正負の力が集まる都市。そんな中で空間の歪みも強まるというわけか」

原田も合点がいった。
大天狗は満足そうに話をする。

「そうだ。その考えが妥当であろう。すでに奴らはそこに向かっているはずだ。おぬし達にも直ちに向かってもらいたい」
「えぇ、任せてください」
「こっからは俺達の専門分野ですからね」

福本は力強く答え、原田は自信満々に答えた。

「そうだな、あれをおぬし達に預けよう。おい、持ってこい」

すると、どこからともなく白い狼が現れた。
日本に狼がいないと思っていた二人は驚いた。
しかし、この山は古の山である。
人間が踏み入っていない以上、予想外なことはあるものだ。
その狼は口に刀を咥えていた。
そして、刀を二人の前にそっと置くと、そのままどこかに行ってしまった。

「それは、かつて人間から預かったものだ。
その者から、人間と我々が協力する際に相応しい人間に刀を貸し与えるよう頼まれていたのだ」

原田は刀を拾い上げた。
話からして、長い年月が経っているのだろうが、全くその気配はなかった。

「おぬしらがその刀を貸し与えるに相応しい人間なのだろう」
「そんな高価なものを……よろしいのですか?」

福本はそんな凄い刀を自分達のような人間が扱って良いのか不安だった。
原田もこの刀が持つ力に少しばかり不安を覚えていた。

「わしらの目に狂いはない。長年、わしらが霊力を持って手入れしておる。今は名刀ではなく、妖刀となっておるだろう。
そのような者を平然と握れているのだ。おぬしたちに託して間違いはない」

大天狗は刀を貸し与えることを推してきた。
福本は断れないだろうなと、思う傍ら、装備が増えたことに感謝していた。

「ありがたく使わせてもらいましょう。こいつはきっと役に立つ」

原田は両手で刀をがっしりつかみながら、大天狗に感謝した。

「よし、直ちに向かってくれたまえ、少しでも時間は惜しいからな」

大天狗がそう言うと、洞窟内に強風が吹いてきた。
二人は思わず目をつぶり、飛ばされないように身構えた。
しばらく、強風が吹きつけてるのを感じていたが、徐々に収まってくるのがわかった。
そして、二人は目を開け周囲を確認した。
すると、いつの間にか山の麓に戻ってきていた。

「知らぬ間に送り届けてもらったようだな」

原田は明るく言葉を発した。

「あぁ、そうだな。じゃあ早速、目的地へと向かうとするか」

福本の発言に原田は頷きで答えた。
二人は車へと歩み寄っていく。
途中、福本は山の方を振り返り、大天狗に良い損ねた感謝の言葉を呟いた。


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