第五話

「情報→動」

原田は悩んでいた。
現代妖怪に接触し続けていた男がいたことが分かったが、その情報が入ってこなかったためだ。
全くの無駄足ではないが、あまりすっきりとはしない状態の原田だった。
念のため、福本が情報を得た可能性もあると考え、互いに情報を照らし合わせようと事務所へと戻る事にした。
人里離れた場所から一気に文化圏に帰ってきた感じだった。
原田は事務所のあるビルまで戻ってきた。
2階まで上り、ドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。

「あれ、誰もいないのかよ」

開けようと何度かドアノブを引っ張るが、開かない。
福本が留守にしているのがわかった。

「全く……出て行くなら連絡くらいすればいいのに」

ため息しつつ、原田は携帯電話を取り出した。
福本から連絡が来ていないか確認するためだった。
すると、あることに気づいた。

「あ、電源が入ってない」

警察関係者のふりをして情報収集している際に着信など音がならないように電源を切ったままにしていたのだ。
やばい、と思いつつ電源をオンにする。
福本からの着信とメールが1件ずつあった。
おそらく、電話をかけた後にメールを送ったのだろう。
メールの内容は、防衛省で妖怪について情報を集めている面子に会いに行くというものだった。
原田は入れ違いか、と思いつつ福本に電話をかけた。
何度かコールがなったが、留守電に繋がった。
おそらく、防衛省の面子と話している最中なのだろう。
原田は次にどうすべきか問うメールを福本に送信した。
返事が来るまで何をしようかと、考えようとした時、電話が鳴った。
早速、福本から電話が返ってきた。

「福本か、すまないな。電源切りっぱなしだった」
「どうせ、そうだろうと思ったよ」

呆れたような口調で福本は言った。

「ところで、原田。今から市ヶ谷にこれるか?」
「俺も話したいことがあったからちょうど良い。でも、なんでまた市ヶ谷なんだ?」
「例の事件に関する話と荷物持ちだよ」
「なるほど。とりあえず、向かう。場所の指示してくれよ」
「あぁ、分かってる」

原田は福本から場所の説明を聞くと、再び車に戻った。

「あの様子だと大分、話が繋がってきたようだな」

エンジンをかけつつ、福本の捜査が順調に行っているのだろうと原田は思った。
自分が得た情報も早く伝えなければと、原田は思いつつ車を発進させた。


福本は防衛省で情報集めを一通り終えていた。
現在、防衛省が管理しているビルの一室に福本はいた。
このビルは防衛省や警察庁が特殊な事件を捜査する際や会議を行う際に使用されるものである。
福本はその一室を借り、原田と情報の照らし合わせを行おうと考えた。
対人外部隊とやり取りする担当官も快く了承してくれた。

「防衛省から得られたものは、大きいのか小さいのか……」

福本は担当官から入手した写真を見つめながら呟いた。
写真にはオープンカフェで二人の男が話している写真だった。

「このサングラスをした方が隙間男か……もう一人は誰なんだ」

担当官の話では、男の名は佐野鳥石というらしい。
なんでも、重要文書がどこにあるのかなどを知っているらしく、それの確保を隙間男に頼んでいたらしい。
口裂け女が隔離されていた施設の情報も佐野からの提供で隙間男が動いたと断言してよかった。
しかし、この男がなぜ隙間男に協力を要請するのか不明だった。
福本が思案しているとノックの音がした。
ノックに対して返事する前にドアが開き、原田が入ってきた。

「よう、調子はどうだ」
「なんとも言えん。情報は入るに入ったが」

福本は今自分が考えている事件の流れを原田に説明した。
口裂け女の脱走を手引きしたのは隙間男・榎本である可能性が高いこと。
榎本と佐野は何度か接触を行っており、佐野が榎本に情報提供を行っていたこと。
そういった、内容を原田に伝えた。

「大分、繋がってきたな」

原田は頷きながら答えた。

「で、原田。そっちは何か収穫は?」
「あぁ、一応はあったぞ」

原田も手に入れた情報について報告した。
福本の話から現代妖怪に接触していた男は佐野である可能性が高いこと。
佐野は大昔の『妖怪』について調べていること、など天狗や河童から聞いてきた話を報告した。

「結局、動機部分が明白ではないのか……」

福本は眉間にしわを寄せ、手を顎に当てた。
原田の情報と自分の得た情報を合わせて流れを再び整理しようとしているようだった。

「でも、実行犯が分かっただけいいだろ?」
「まあな、犯人を捕まえて吐かせればいいし」
「それじゃ、早速行動あるのみだろ」
「あぁ、すでに装備は整ってる」

福本は部屋の隅を指差す。
そこには物々しい箱が置いてあった。

「なんだ、すでに装備は申請済みだったのか」
「そろそろ情報も集まる頃だろうと思ってな」

原田は箱を開けた。
中には89式小銃1丁、9mm機関拳銃2丁、9mm拳銃2丁、それらの弾倉が入っていた。

「すげぇ、現在の正規装備だろ。よくこんなものが支給されたな」
「余っているのでいい、と言ったんだがな。さすがに爆発物は支給されなかったが」

原田は新しいおもちゃが手に入った子どものように銃火器を触っていた。

「原田、俺はその拳銃だけでいい。後は自由に使ってくれ」
「そうか、だったら使わせてもらうよ」

今回の支給品に原田はご機嫌のようだった。

「とりあえず、原田。事務所に戻るぞ。そいつを車に乗せよう」
「了解」

二人で箱を抱えて、ビルを後にした。
これを持っていることが一般市民や他の役人に見つかるといろいろと面倒なので、こそこそと車へと向かう二人だった。


繁華街の路地裏は全く人気がなかった。
そんな中、榎本は一人佇んでいた。
なにやら呼吸が荒く、体力を消耗しているようだった。

「やはり、見つからないか……」

榎本は呟いた。
彼は今、自分の能力を用いて、ある空間への入り口を探していた。
予想よりも力を使ったらしく体が思うように動かなかった。
そのまま、壁に寄りかかり体が動くようになるのを待とうとした。
そんな時、誰かが路地裏に入ってきた。

「大丈夫ですか?」

榎本は警戒したが、近づいてきた人物の正体に気づき警戒を解いた。
その人物は長い黒髪でマフラーをしていた。

「なんだ、響子か……」
「貴方の霊力がひどく下がった気がしたので、心配になって……」
「何、例の入り口を探していただけだ。心配する必要はない」
「しかし、例の人間達に見つかったら……」

響子はひどく心配しているようだった。
マフラーで顔半分が隠れているが、目を見ただけで心情が手に取るように分かった。

「今みたいに霊力が下がってたら、まずやられるだろうな。しかし、その時のために響子、お前がいるんだ」
「えぇ、すぐにでも駆けつけます」

そういうと響子は榎本に寄り添った。
榎本は不思議だった。
なぜ、ここまで響子が自分を慕っているのか、分かっていなかった。
脱走させたからか、妖怪同士だからか、要因は全然分からなかった。
人間であればこれを幸せとでも思うのだろうか、と榎本は思った。

「ん?」

榎本は突然、違和感を感じた。
ふと、響子の方へと視線を向ける。
響子が先ほどと雰囲気が違うのだ。
榎本が何があったのか聞こうとした瞬間、響子が動いた。
響子は袖からナイフを取り出し、誰もいない空間に投げた。

「ぐっ……」

鈍いうめき声が聞こえたかと思うと、何かが猛スピードで飛び去っていった。
後には黒い羽が落ちていた。

「何があったんだ、響子?」

響子から殺気立った気配はなくなっていた。

「烏がいたようです」

この発言から、榎本は烏天狗が監視しに来ていたことが分かった。
しかし、その気配に全く自分は気づけなかった。
榎本は入り口探しはもっと場所を考えてやらねば危ないなと、危機意識を持った。

「住処に戻るぞ。今日の活動はこれまでだ」
「はい」

榎本は足早に路地裏を出て行く。
そのすぐ後ろを響子がついていく。
それは、榎本を見守るかのようだった。


「くそ……しくじったか……」

烏の顔をした人ならざる者は呟いた。
彼は、烏天狗哨戒部隊の隊員だった。
大天狗からの特別命令を受けて、隙間男の監視をしていたのだ。
しかし、その監視がばれ口裂け女により重症を負わされた。

「現代妖怪に遅れを取るとは……」

命を落すまではないかもしれないが、と傷口を見ながら彼は思った。

「この情報を早く報告しなければ」

彼はなんとか力を振り絞り、天狗の山へと帰還しようとした。
妖怪とはいえ、重症を負っては本来の力が発揮できない。
そのため、飛翔するためにもかなり集中しなければならなかった。

「そう簡単に見逃してやるものか」

突然、何者かが発言した。
彼は声のした方に視線を向ける。
そこには背広姿の男がいた。
手にはB5サイズの本が握られている。

「なんだ、人間か。ここで見たことは黙っていて欲しいのだが」

彼は通りすがりの人間に見つかったと思った。
だが、その男は烏天狗の発言を無視した。

「伝えてもらったら困る情報があるのでね。君にはここで死んでもらうよ」

男の発言に彼は驚いた。
こいつはただの人間じゃない、と心の中で叫んでいた。
同時に戦闘態勢へと入り、強風を男に向けて吹かせた。
男は動ずることなく、本を眺めはじめた。
すると、強風が急に収まった。

「何?」
「残念だが、君みたいな一兵卒では私に勝てない」

再び、男は本を眺めはじめる。
そして、男が右手をすっと上げた。
何が起きるのかと烏天狗は構えたが、すぐには何も起きなかった。
警戒しすぎかと思った途端、足に違和感を覚えた。
烏天狗は足元を見ると、そこには炎が上がっていた。

「くそ!」

烏天狗はすぐに飛退き、燃え移ってきた炎を払いのけた。
そして、男を睨みつける。

「貴様、人体発火の力を持っているのか」

男はにやりと笑った。

「それが得意だというだけだ。君みたいに風も操れるぞ」

男はそういうと、再び本を眺めた。
すると、烏天狗の周囲で風が渦を巻き始めた。

「人間にこんなことが?」

風の渦は烏天狗を飲み込んだ。

「ぐわぁ……」

猛烈な痛みが全身を襲った。
残った霊力で体を守っていたが、霊力が尽きれば風にそのまま飲み込まれ体が粉々になってしまう。

「さて、ここまで苦しめてしまうのも酷だ。一思いに殺してやろう」

男は、いやな笑みを浮かべたまま本に視線を向ける。
烏天狗はタイミングを計った。
男の技は強い、だが、発動する瞬間にわずかながら間があることを見抜いた。
そして、男が次の攻撃を行おうとした時、風が収まった。
その瞬間を見計らい烏天狗は残った霊力を使い飛翔した。
だが、烏天狗の見当は違っていた。
男の攻撃に間などなかった。
はじめからわざと間を開けて攻撃していたのだった。
男は炎を烏天狗に向けて放った。
すでに烏天狗は飛翔していたため、全身に炎を浴びることはなかったが、体の大部分にダメージを受けた。
それでも彼は、任務を達成するために全身全霊をかけた。

「逃がしたか……」

男は舌打をした。
男は本を背広の内ポケットへと直す。

「さすが、ぬらりひょんの知識だ。妖怪の知識だけでなく、妖術の類まで網羅しているのだからな」

男は薄気味悪い笑みを浮かべつつ、その場を後にした。


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