第四話

「続・収集」

原田は例の現代妖怪と接触する人間について調査を始めることにした。
一部の妖怪と人間との協定を理解する現代妖怪たちは天狗たちへ情報を流しているため、
原田があえて現代妖怪に話を聞く必要はなかった。

「誰に話を聞くかだな……」

しばらく思案した後、原田は車を八百屋の前に停めた。

「なんだかんだであいつらも情報網広いからな」


とあるオープンカフェは普段どおりの客入りであった。
ごった返すわけでも、閑散としているわけでもない状態だ。
そんな中、榎本は一人でくつろいでいた。
本を片手にコーヒーを啜るといった感じだ。
すると、向かいの席に誰からが座ってきた。

「そうやっていると人間にしか見えないな」

榎本は声をかけてきた人物に視線を向ける。
スーツを着た営業マンのような人物がそこにはいた。

「佐野か、何か注文するのか?」

榎本は向かいに座る男にメニュー表を渡した。
男の名は、佐野鳥石である。
大昔から妖怪について調べていた人物で、ある時、人魚の肉を口にする。
それ以来、不老不死となる。
永遠の時間を手に入れたこともあり、以前よりも妖怪の調査に没頭するようになった。
最近では、榎本などをはじめとする現代妖怪に接触を続けていた。

「特に飲まなくていいな」
「そうか、残念だ」

佐野は榎本が渡してきたメニュー表を返した。

「それで、今日は何の用件だ?」
「単純に口裂け女の確保は成功したのかと思ってな、確認しに来た」
「そんなことか。順調だよ、官僚たちとの交渉も成功した。当分、住処には困らない」
「どれだけの金をふんだくったのやら」

榎本はその発言に対してにやりと笑い返した。
その表情から佐野はどれだけの金額かは見当が付いた。

「まぁ、その辺が順調に進んでいるのなら問題ないか……」
「何か気になることがあるのか?」

佐野の様子に疑問を持った榎本は尋ねた。

「いや、それがだな。ちょろちょろと動き回ってる人間がいるらしい」
「官僚の横領を調査してる監査の奴らか?」
「それとは別だ。お前達、妖怪専門の捜査機関があるようだ」
「噂には聞いていたが、本当にいたのか」

榎本は動ずる気配もなく、コーヒーを一口飲んだ。

「お前が一足遅かったら、口裂け女はあいつらに始末されてた可能性もある」
「人間に殺せるのか?」
「今まで現代妖怪が何体か裁かれている。まぁ、どれも雑魚ばかりだったが」
「通りで煩わしい連中が減ったなと思ったわけか」

榎本はコーヒーを飲み終え、本にしおりを挟んで、胸のうちポケットに直した。

「俺達の目的が分かったところで阻止はできないだろうがな」

榎本は立ち上がり、その場を後にしようとした。

「確かにそうだが、雑魚妖怪であれ紛いなりにも妖怪だ。
それを退治している以上、用心して越したことはないと思うが」
「忠告ありがとう。手に負えない時は最終手段を使うさ」

その言葉を聞いた佐野は榎本のサングラスに目をやった。
最終手段の安全装置、佐野は心の中で呟いた。

「また何かあったら言いに来てくれ。こっちからは準備が整ったら呼びに行くから」

榎本は言い終わると、佐野に軽く手を振った。
そして、人ごみの中に紛れ、姿を消した。
残った佐野もその場を後にした。

「俺は極力、目だった行動を取らぬように気をつけねばな……」

佐野は今回の目的が例の捜査機関に妨害されるのではないかと不安だった。

「なんとしても、榎本には遂行してもらわなければ」


原田は再び人里はなれた田舎に移動していた。
適当な空き地に車を停め、必要な荷物だけ持って歩き出す。
5分ほど歩くと大きな川が見えてきた。
原田はその川岸にしゃがみこみ川の中を覗き込んだ。

「おい、こら、気づいてるだろ」

突然、川に向かって怒鳴った。
すると、水泡が出てき始め、何かが浮かんできた。

「そんな怒らなくても……呼び出し方は他にもあるでしょう」

浮かび上がってきたのは、爬虫類のような体をし、頭に皿が乗っている不思議な生物だった。
原田が呼び出したのは河童だった。

「そういうな。ほら、報酬だ」

原田は先ほど八百屋で買ってきたきゅうりを手渡した。
河童は素直にそれを受け取り、腰に下げた小さな籠に直した。

「最近、気になる話を聞いてな」
「ご質問なら答えれる範囲で答えますよ」
「現代妖怪たちに接触している人間について情報を集めてる。
なんでも、大昔の『妖怪』っていう奴について聞いて回ってるらしいんだ」
「あぁ、その話なら聞きました。中には仲間になってほしいってまで言われるパターンもあるそうですよ」

河童は手で水を掬い自分の皿にかけた。
大して時間は経ってないが、皿の渇きが気になるらしい。
その動きが気になりつつも原田は話を続けた。

「仲間になって欲しい?一体、仲間にしてどうするんだ」
「それはわかりませんけど……ただ、口裂け女についても聞いていたという話です」
「何?どうしてまた口裂け女を……」

原田は驚きながらも、会話を続けた。
「現代妖怪の中でも最強クラスになりますからね、
ボディーガードか何かその辺で欲しかったのではないでしょうか?」
「それがな、口裂け女は軟禁されてた施設から逃げ出しててな」
「え、それじゃ、その男が脱走の手引きを?」
「それは分からない。しかも、脱走の仕方から人間が手助けしたとは思えないんだ」

原田がどういう経緯で事件が動いたのか思案していた。
河童も同様に考えている様子だった。

「今、事務所の方で福本が調査を進めてるからな。そっちと情報を重ねる必要があるな」

原田はそういうと、もう一本きゅうりを出して河童に渡した。

「なにやら事件の流れが繋がりそうだ。これは追加報酬とでも思ってくれ」
「あまりお役に立てずにすいません。また何かしら情報があったら天狗か何かに情報を流しておきます」
「すまないな、そっちのほうが手っ取り早い」

河童は最後に一礼してから、川の中に潜って行った。
原田はそれを見届けると、車へと向かった。


東京・赤坂にある施設内の一室で、男が一人机に向かっていた。

「証拠は一通り集まりましたか?」

室内に入りながら別の男が話しかけてきた。

「えぇ、先日死亡した監査担当者が事前に郵送していた文書が届きました。これで確実に連中を逮捕できます」
「彼の死は無駄にはならなかったな。多くの死んだ同志達も報われるだろう」
「はい、それに妨害していた原因の妖怪も対人外部隊が追っているようです」
「あの連中がか、なるほど。それなら、俺達が命を狙われる心配はなくなるな」

室内に入ってきた男はそのまま壁に寄りかかりながら話を続ける。
机に向かう男は、気にせず書類のまとめをしていた。

「検察に回すのはいつにする?」
「徹夜して、明日の早朝までには書類がまとまりますから。すぐにでも奴らを一掃できますよ」
「そうか、監査の連中にも連絡を回しておく」
「助かります」

そう言うと、壁に寄りかかっていた男は部屋を後にした。
相変わらず、机に向かう男は作業に没頭していた。

「いつも組織を腐らせるのは一部の欲深い人間のせいだ」

誰に言うわけでもなく、怒りの篭った独り言が男の口からこぼれた。


福本はまぶしさを感じて目を開けた。
ブラインドの隙間から日光が射していた。
休憩したつもりが、そのまま寝てしまったらしい。
福本は目覚めのためと体のべたつきを落とすためにシャワー室へと向かう。
静かな室内はボイラーの音とシャワーの音だけがしていた。
福本は心身ともにすっきりさせることができた。
体を拭き、着替えを終えてテレビをつけた。
霞ヶ関に強制捜査といった文字が見受けられ、
内容を聞いているとどうやら資金横領をやっていた官僚に対する捜査が入ったようだ。

「そっちの事件は解決か」
今回の口裂け女の事件のきっかけともなる、横領事件は解決へ向けて進みだしていた。
一方、こっちはというと、あまり進展がないと言っていい。
福本はコーヒーを飲もうと、給湯室へと向かう。
コーヒーを淹れながら、福本は原田がまだ戻って来てないなと思った。
特に連絡も入っていないため、向こうも進展がないのだろうと判断した。

「全く、どういう行動を取っているか報告を寄こしてもいいものを……」

福本は机に乗った書類をいじりながらコーヒーを飲んだ。
最近の隙間男の行動について情報がないものかと、心の中で呟く。

「赤坂に行くか……」

防衛省でも妖怪の行動を監視している一部の機関がある。
あくまで二の次の任務であるため、福本たちを支援する程度の存在だ。
ただ、やはり、二人だけでは確保できる情報も装備も少ないため彼らの存在は大きなものである。
福本は、その機関と接触し、リアルタイムでの情報がないか確認しようとした。

「ついでに口裂け女と戦えるくらいの武器も要請するかな」


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