第三話

「収集」

原田は二時間程度、車を走らせ、人里離れた山の麓に来ていた。
適当な空き地に車を停車し、山へと足を進めた。
原田は生い茂る木々に目配せをし、何かを探していた。
黒い木箱に視線が止まると、懐から封書を取り出す。
原田は周囲を見渡し、誰もいないことを確かめ、封書を黒い木箱に入れる。
すると、原田はそそくさと車を停めた場所へと戻っていった。
原田は運転席に座ると、シートを倒し、体を伸ばした。

「さて、10分くらいは待ちかな」

時計を確認し、しばらくの間休むことにした。

福本は部屋の隅にあるパソコン机に座っていた。
パソコンを使い、様々な資料に目を通していたからだ。
先日の口裂け女脱走の件について、目的や抜け出した方法などを考えていた。
だが、結論がまとまらない。
口裂け女を逃がした目的がなんなのかは定かではなかったが、
抜け出す手段に関してはいろいろと情報が集まっていた。
といっても、逃げ出す手段は膨大であり、収拾がつかないといったほうが正しかった。
ソフト面から、ハード面から、空間移転や時間操作など、様々な手段が思いついた。
福本は頭を抱え込んだ。

「一体、何者が……」

あの施設での火災や殺人は口裂け女ただ一人によって行われたことは明白だ。
しかし、物理的攻撃しかできない口裂け女がどうやって、
高度なセキュリティが施された部屋から抜け出したのかという課題が解決できなかった。 福本は、ある種の勘で口裂け女と同じ部類に入る妖怪をリストからはずした。
物理的攻撃しかできないものが、あの施設に潜入するならば、どこかで、施設内の人間と殺生を起こしているはずだった。
自分たちも数名の警備員や施設の人間を殺すつもりで作戦を遂行しようとしたのだ。
人間以上の力を持つ妖怪だったとしても、見つからずに潜入するのは不可能なのだ。
そこから考えられるのは、特異な力を持った妖怪。
たとえば、透明になるものだったり、形状を変形させるものだったりと様々だ。
福本は、リストを再編成する中で、自問自答を繰り返していた。

「透明になったところで、どうやってセキュリティを解除するのか……
問題は、潜入時の方法と鍵を解除した時の方法だ……」

福本はひらめきが起きず、気分転換をすることにした。
コーヒーでも淹れてこようと、立ち上がる。
その時、ペンが転がった。
福本はなんとなくその転がるペンを目で追った。
ペンはそのまま机を転がり、机と壁の間に落ち込んだ。

「隙間?」

ふと、何かを思い出したようにパソコンを操作し、資料に再び目を通した。
福本が閲覧している資料は、空間移転能力を持つ妖怪に分類される隙間妖怪であった。
現在、確認されている者は数名いるが、ほとんどが表に出てくるものではない。
隙間妖怪は臆病な性格であり、人も動物も寄ってこないような隙間にいる。
偶然にその隙間を覗き込んだ者を異次元へと飛ばしてしまうが、それは自己防衛のためである。
そんな中、ただ一人、人間の姿をし、うろついている者がいた。

「危険度は低いと判断されているが、まさか……」

福本は急いでこの隙間妖怪の資料を調べることにした。

原田はラジオを聞きながら、うたた寝していた。
すると、車の窓をコツコツと叩く音がした。
原田はその音で目を覚まし、車から降りた。
そして、先ほど入った森へと再び向かう。

「よう、久しぶりだな」

上の方から声がした。
原田は声がした方へと視線を向ける。
そこには木の枝に乗ったカラスのような顔をした人の姿をした何かがいた。

「あぁ、そうだな。元気してたか雑兵」

原田は普通にその人物に話しかけた。

「元気も何も、妖怪だからな。あと、雑兵じゃない。俺は今は小隊長だ」
「元気そうで何よりだが、お前が烏天狗部隊の一隊長とはな」
「妖怪も縦社会があるからな。ところで、本題はなんだ?」
「用事は、例の事件についてなんだが……」

原田がいる山は天狗の住む山だった。
今回の口裂け女の事件に関して、情報収集能力が高い天狗たちに話を聞こうと思い、やってきたのだった。

「現代妖怪の事件か、確かに耳にはしている。だが、犯人は俺たちも分からない」

原田は内心、空振りかと思った。
烏天狗は木の上から飛び降り、原田の目の前へと着地する。

「ただ、一つうわさで聞いたんだが……」

烏天狗の言葉に原田は期待した。

「なんでも、ぬらりひょんが憑依した本を持った人間が
現代妖怪と積極的に接触をしているという話を聞いたことがある」
「ぬらりひょんの本か……大昔に紛失した奴か」
「正確な情報は入っていないが、俺たち古参に従順な一部の現代妖怪たちから話が来ててな、
なんでも、『妖怪』について知らないか?と聞いてくるんだそうだ」
「は?」

原田は烏天狗が言った意味が分からず、間抜けな声を出した。
妖怪に妖怪について聞くとはどういう了見なんだろう?と思ったのだ。
「ここでの『妖怪』ってのは俺たちみたいなのを示してるわけじゃなくてな。
かなりの大昔に『妖怪』っていう存在がいたんだそうだ」
「ほぉ、で、そいつはその『妖怪』ってのを知ってどうするつもりなんだ?」
「言い伝えじゃ、『妖怪』は全てを支配する力を持ってるとか。その力を求めてるのかもしれんが」
「そんな野蛮な話なら、俺たちのとこにも情報が入っててもおかしくないと思うんだがな……」

原田は首を傾げた。

「あくまで、俺たち妖怪の間でも噂話程度にしか流布されてない。
これっぽちの情報で確かな情報とするには信憑性がとても欠ける」
「しかし、何か引っかかるな、その話は気にかけておいて損はないだろう」

原田は、手を顎にあて、考えるそぶりを見せた。

「結局のとこ、今回の口裂け女に関してはなんら情報は入っていないんだ。力になれなくてすまないな、原田」
烏天狗は申し訳なさそうに言う。

「こちらこそ、突然押しかけて悪かった。それに無駄足じゃなかった。俺たちの知らない情報も入ったわけだしな」
原田は気にするなと言わんばかりに手を振った。
まるで、それを合図にしたかのように周囲に風が吹いた。
落ち葉や塵やらが舞い、原田は顔を背け、目を細めた。
風が収まり、原田は目を開ける。
目の前にはすでに誰もいなかった。
原田は車へと足を向ける。
ただちに、現代妖怪に接触していた人間について情報を集めようと考えていた。
なにやら、口裂け女の件と繋がりがあると直感で思ったからだった。

「見当はあたったかな」
福本は誰に話しかけるわけでもなく、呟いた。
手当たり次第に集めた隙間妖怪の情報資料を元に福本は今回の事件のトリックがひらめいていた。
高性能な電子ロックであれ、空間をいじられてしまえば元も子もない。
さらに、福本は霞ヶ関の知り合いからある種の情報を得ていた。
横領を行っていると思われる官僚の一人が、隙間妖怪と口裂け女に会ったといった話を漏らしていたらしい。
霞ヶ関での横領の歴史も終了するだろうなと、福本は思いつつ、自分が集中すべき事柄に目を向けた。
榎本と名づけられた隙間妖怪が何を企んでいるのかは、全く分からない。
だが、今、口裂け女と行動を共にしていることは確実であった。

「原田も何か情報を得てくることだろう。それを待つべきだな……」

福本は椅子に背を預け、目を閉じた。
パソコンの画面や資料をずっと見続けた目を少しでも休ませようと自然と体が休みはじめていた。


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