第二話

「秘密裏」

「さて、今回発生した問題について協議しよう」

ある会議室内に重く鋭い声が響いた。
楕円形テーブルに座る6名の男たちがいた。
上手中央に座る男が口を開く。

「最も情報を多く得ていた監査員を5名始末できたが、
まだ始末できていない者もいる」
「そんな中、始末に使っていた妖怪に逃げられたと」

下手、会議室のドアに近い席に座る男が言った。
上手中央に座る男が強い口調で言う。
「そもそも、ここまで事が大きくなったのは、
貴様が最初の死体処理をしくじったためだろう」

その言葉に下手の男は苦渋の表情を浮かべた。

「起きてしまったことはどうしようもない。
今は、我々が確立した金のルートをどう隠すかを話合うべきだろう」

他の席から声が上がった。

「監査を行う人間はいくらでも存在しているんだ。
その担当官が敏腕だろうとなかろうと、監査が入ることで我々にも影響はある」
「そもそも、このように集まること自体がすでに危険なのだがな」

皆、思い思いに言葉を発する。
彼らは、官僚たちである。
各省の重役でもある。
彼らは、長年に渡り、資金横領のための抜け道を築いてきた。
だが、近年、人事院が横領に関して、内部監査に力を入れ始めたのだ。
監査に関わる役員に正義感の強い者が多くなったという点からそのような事態が起きた。
監査側は、密かに志を共にする者たちを集め、各省庁の調査を開始していた。
この活動を妨害すべく彼らは偶然取り押さえた”口裂け女”を利用して、
監査員たちを殺害していったのである。
極秘のうちに暗殺を行うつもりであったが、一部のメンバーが手順をミスしたため、
一人目の死体を処理することに失敗し、「連続狂気殺人」に見せるための計画に変更された。
序盤は危うかったものの、計画は軌道に乗り、監査の妨害を行えると彼らは確信していた。
そんな時に”口裂け女”の逃亡である。
これの問題にどう対処していくか、急遽話し合うこととなったのである。
上手中央に座る男が再び口を開いた。

「監査の問題もあるが、問題はもう一つ、逃亡した”口裂け女”の件だ」

重い空気に皆、息を呑んだ。
しばらくの沈黙の後、一人が耐え切れず口を開いた。

「まさか、我々に復讐しにくる……などという問題ではないだろうな……」
「あぁ、そうだ」

再び、沈黙が続く。
上手中央の男は、落ち着いた様子で話を始めた。

「そこで、ある人物から提案があった」

皆の視線が男に集まる。

「その人物からは、復讐をさせず、加えて我々の情報も黙っているとのことだ。
その代わり、少しばかり金をくれ、だそうだ」

その情報に皆、唖然とした。

「妖怪を管理できるのか?」
「要求するのが金か……」

各席から呟きが聞こえた。
男は構わず話を続ける。

「その人物を紹介しておこう。榎本、入って来ていいぞ」

当人が来ていることに皆、驚いた。
そして、視線を扉へと向ける。

「やはり、頭がいい人間とは付き合いやすいな」

聞き覚えの無い声がした。
皆、声がしたほうを向く。
上手中央に座る男の隣に誰かが立っていた。
サングラスをし、黒い服装をした男だった。
その男が先ほど呼ばれた榎本である。

「紹介しよう。彼は榎本、我々に提案を持ちかけた人物だ」

突如、現れた榎本に皆、驚きを隠せなかった。

「どこから入ってきたんだ……」
「ドアは開いていないぞ……」

次々に驚きが言葉になって出てきた。
紹介された榎本は口を開いた。

「俺があんたたちの代わりに”口裂け女”を管理することになった。
あんたたちに手を出さぬよう言い聞かせるし、秘密も守ろう。
その代わり少しばかり資金提供を頼みたい」

初対面であるにも関わらず、上目線の口調であった。
それに対し、下手に座る男が異を唱えた。
「どんな人物が出てくるかと思えば、とんだペテン師か!
適当なことを言って我々から金をせしめようという算段だな」

どのような方法で、部屋に入ったのか見当もついていなかったが、下手の男は榎本を非難した。
下手の男は非難を続ける。

「あの妖怪を管理しているなら、その証拠を見せてみろ!」

その発言にあきれた顔をしつつ返答した。

「そこまで言うならお見せしましょう」

榎本は左手をすっと上に上げた。
榎本の動作と発言に皆、身構えた。
だが、何か起きるような気配はなかった。
下手の男はここぞとばかりに非難を続けた。

「何も無いなら無いと言え、あるのならさっさと出してみろ!」

榎本はニヤリとし、下手の男に視線を向ける。
サングラス越しでも、鋭い目つきが伝わってきた。

「今、ここで俺が一声『殺せ』と言えば、あんたの首は飛ぶぞ」

榎本の唐突な発言に下手の男は呆然とする。

「な、何を言って……」

下手の男は首元に違和感を感じた。
じっと、視線を落とすと鎌の刃が自分の首に当てられているのが見えた。

「ひぃ……」

男は急いで首を後ろに引いた。
そのとき、視線の端に黒髪が見えた。
男はそうっと後ろに視線を移した。
そこには、黒い長髪で口元にマフラーを巻いた女が立っていた。
会議室は騒然とした。
いつの間にか現れた”口裂け女”に皆の視線が集まった。

「おい、榎本。この場では暴力的な行為は止めてもらいたい」

ただ一人、落ち着いている上手中央に座る男は榎本を制した。

「分かってるよ」

榎本は響子の方を見た。
響子は榎本の指示が分かったのか、鎌をゆっくりと下ろした。
今にも首を切られそうだった男は、冷や汗をかいていた。
命が助かったと把握し、安堵した表情を浮かべる。

「これで、俺が”口裂け女”を管理していることがわかったかな?」

榎本は下手に座る男に言った。
男は震えながら答える。

「あぁ、分かった……私は何も言わんよ」
「理解が早くていいね」

榎本は、視線を会議室全体に向け、話を続ける。
「身の安全を買ったこと、そして、互いに沈黙すること。
これで俺とあんたたちの取引は成立したわけだ」
「皆、異論はないな?」

締めに上手中央に座る男が発言した。
皆、小さくうなずいている。

「よし、成立だな。榎本、もう会うことはないだろうが、君のような妖怪がいて助かったよ」
「こっちこそ、いい感じに儲けさせてもらったよ」

榎本は言い終わると、響子の方に歩いていった。
榎本は響子の隣に立つと、会議室の全員に視線を向ける。

「では、皆さんさようなら」

皆、榎本の方に視線をやったが、いつの間にか姿は無かった。
官僚たちは皆、自分の命と金が守られたことに安堵し、少し時間を置いて退席し始めた。


原田たちは事務所に戻っていた。
二人して、曇った表情をしていた。
福本は机に肘をつき頭を抱えつつ話を始める。

「政府の人間も今回の事件は把握しきれていないようだ」
「だろうな、現場でも手がかりはゼロだ」

原田も顎に手を当て何かを考えつつ話している。
「俺が、現場で得た情報じゃ、外部からの侵入ではないようだ。
あの状況から考えられるのは、内部からの犯行だが……」

原田は言葉に詰まった。
頭の中を整理しつつ、話しているためだった。

「……施設内の管理は徹底されていた。
いくら人外とはいえ、抜け出すのは容易にできないはずだ」
「”口裂け女”単体ではあの施設を抜け出すのは無理だと、そう考えているのか」

福本が原田の考えを読み、発言した。

「あぁ、そうだ」

福本の読みは当たっていた。
その考えからある答えが二人の頭に浮かんでいた。
しばらくの沈黙の後、福本が口を開く。

「内部に協力者がいたということか」

原田は視線を上げ、福本に向けた。
福本は自分で考えたその内容に疑問を抱かざるを得なかった。

「その協力者には何の得があるのかが問題だ」
「そうだな。人間が簡単に飼い慣らせるものでもない。
もし、飼うとなると、大量の投資が必要だな」

原田は現代妖怪の特徴を理解していた。
妖怪はほとんど同時期に生きる人間の影響を受けている。
古参妖怪は人間自らへの戒めとしての考えに影響を受けており、
大昔から現代に至るまで、人間との間に一部を除き争いは起きなかった。
だが、現代妖怪は時代と共に変化した人間の文化や思想からあふれ出る負の部分に浸されいる。
そのため、出現する妖怪は人間に危害を加えるものばかりであった。
そんな状態で、ただの人間が妖怪をしかも、
人間の負の部分を一番に影響を受けた口裂け女が言うことを聞くはずがなかった。

「なぁ、原田。今回の件、もしかすると妖怪が犯人かもしれない」

福本は顔を上げ、パソコンを操作し始めた。
画面には、現代妖怪のリストが表示されていた。

「この中からあの施設に関わりのあるやつ、施設から抜け出せる能力を持つやつ。
とにかく怪しい奴をこのリストから絞り出す」
「おいおい、そこから洗い出すなら相当な時間がかかるぞ」
「あぁ、分かっている。だが、俺が思いつく手段はこれだ」

そういうと早速、福本はリストの確認を開始した。
キーボード操作を行う福本を見つつ、原田はため息をついた。

「そうそう簡単に見つかるものか……」

原田は立ち上がり、ドアへ向かう。

「俺は現場や古参妖怪を当たってみる。何か情報を得たら教えてくれ」
「わかった」

福本は視線をパソコン画面に注視しつつ、原田の言葉に返事した。


「まぁ、外に出たはいいが、現場に行っても情報ないしな」

事務所から外に出た原田はつぶやいた。

「古参妖怪に当たるのがベストか」

原田は支給されている軽自動車に乗り、目的地へと向かうことにした。

「しかし、あいつら現代妖怪のことを聞いてたりするんだろうか?」

ふと、疑問に思いつつも、エンジンを始動させ車を発進させた。
ラジオをつけると、適当な局にあわせた。
そのチャンネルは最近の曲をランキング方式で流している局だった。

「一番は情報源の多そうなあいつらのとこだろうな」

法定速度を軽くオーバーし、車を走らせる。
それは、気持ちの焦りを表現しているようだった。


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