最終話

「終息」

「くそ……」
原田は攻撃を弾き返され、さらに念力で吹き飛ばされていた。

4人の攻撃は未だ進展なしだった。
『娘』は巧みに攻撃をかわしつつ、反撃をしていた。

「なぜ、邪魔をする」

突如、『娘』が口を開いた。

「私は、ただこの場所を守りたいだけだというのに」

唐突な発言だったが、『娘』の状況を理解している原田たちには、違和感のないものだった。
原田たちは、それを黙って聞きつつ、さらに攻撃を仕掛ける。

「別に俺達はお前をどうこうしようってわけじゃない」

榎本は『娘』に言い放つ。
だが、その言葉に反応はない。
『娘』は意志を持っているが、こちらからの接触については、全て無視するようである。
いや、完全に使命に取り付かれた人形同然だと言ってよかった。
この場所を、門を守ることこそが、自らの全てだと思っているようだった。
とにかく、場所を冒そうとする者は排除するという考えの下、行動を続けている。

「完全に駄目だな。俺達を消すことしか頭にない」

佐野が『娘』の状態を見つつ言った。

「とにかく、この場を切り抜けるにはこいつを倒すしかないってことだろ」

原田はそう言いつつ、刀を構えて斬りかかった。
だが、案の定、『娘』の能力によって弾き返される。

「邪魔し続けるというのなら……」

『娘』がぼそりと呟いた。
そして、『娘』の周辺に異変が起きた。

「まずいな……周辺の力を集めて、こっちにぶつける気だ」

『娘』の様子を見て、佐野が判断した。
榎本も『娘』の様子から今までにない攻撃が来ることを予想した。

「ここでケリをつけるつもりか」

皆、今動いてもどうすることもできないと感じ取った。
『娘』が仕掛ける攻撃がどういったものかはわからない。
次に自分達ができることは、その攻撃を回避すること。
しかし、無事に今までどおり避けることができるのか不安だった。
『娘』の様子が変わった。

「来るぞ」

榎本が皆に伝えるために言う。
それを合図にしたかのように、『娘』が力を放つ。
榎本はその力の流れを予想した。

「原田、あの力を数珠で弱めてくれ、少しだけでもいい」
「あぁ?分かった」

原田は榎本の意図を読めなかったが、数珠を使って、『娘』の放った力を吸い取った。
今までも力を吸うたびに熱を放っていたが、今までにないほどの熱があった。
榎本は原田が力を吸い取ったと同時に空間転移の能力を使った。
『娘』の放った力を転移させたのだ。

「やった」

佐野は思わず歓喜した。
だが、その様子とは裏腹に榎本の様子がおかしかった。
響子が榎本の様子を伺う。

「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ……」

榎本は冷や汗をかきつつも、なんとか返事をする。
原田が力を抑えたとはいえ、『娘』の放った力は尋常ではなかった。
次に同じ攻撃がくれば、先ほどの手段で回避することは無理だった。

「こりゃ、数珠はもう使えないかもな……」

熱を帯び、少しひび割れた数珠を見つめながら、原田は呟いた。
『娘』は攻撃が失敗したことを気にもしてないようであった。
再び、力を集め始める。

「また、あの攻撃がくるのか」

佐野は『娘』の様子からまた予測した。
佐野は周囲を見渡した。
皆、すでに疲労困憊し、先ほどまでの力を持っているとは思えなかった。
やはり、ここで終りだったか、佐野はそう思った。
『娘』は力を集め終り、再び放とうとする。
皆、これで終りだと感じ取った。
ただ、一人、原田だけは違った。
原田は立ち上がり、『娘』と向かい会った。
何をするわけでもなく、ただ何かを待っている様子だった。
そして、『娘』が力を放つ。
辺りに衝撃が走り、木々が薙倒される。
だが、原田たちにはその衝撃はこなかった。
気づけば辺り一体は、別の力に包み込まれていた。
それは、暖かくどこか懐かしいものだった。

「何が起きた?」

佐野は呟いた。
榎本たちも不思議に思っていた。

「間に合ったんだ」

原田はそう呟いた。
佐野も何かに感づいたらしく、緊張から解かれた。
『娘』は異様な力に包まれ、動揺を隠せなかった。
辺りを見渡し、何が起きたか状況を把握しようとしていた。
ふと後ろを振り返った瞬間、先ほどまでの態度とは打って変った。

「お母さん」

『娘』はそういった。
視線の先には、『娘』に似た美しい女性がいた。
それは『妖怪』だった。
『妖怪』はやさしく微笑むと、『娘』を抱き寄せた。
『娘』も全てを委ねたらしく、大人しく包まれた。
その表情はとても穏やかで、優しいものだった。
そして、そのまま二人は光に包まれて消えていった。



4人はその情景に見とれて、呆然としていた。
それを打ち破るかのように、洞窟から福本が出てきた。

「なんとか間に合ったようだな」

福本はそう言い放った。
そして、状況をつかめない皆に説明を行った。
その内容は全て、洞窟の中にいた男から聞いた話だった。
『娘』は大昔の人間の能力を得たが、それは破壊する力だけだった。
そして、門の開閉する力も『娘』ではなく、その男が持っていた。
男は門を開けて、『妖怪』の封印を解くことができた。
そして、『娘』の目的である母を守るということは、封印が解かれたことにより意味を無くす。
それにより、『娘』の呪縛も解かれるだろうと説明されたのだった。
一通りの話を聞いた原田は福本に質問する。

「男は門の開閉ができたんだろ?なら、今までやらなかったんだ?」
「彼も幽霊や妖怪の類と一緒だ。誰かが存在を認めていないと存在できないんだ」

その話を聞き、榎本も納得した。

「なるほど、洞窟の中には誰もいない。
唯一、存在に気づける『娘』もずっと洞窟の外ってなれば、認知されずに存在することすらできなかったわけか」
「あぁ、君らみたいな現代妖怪は、人間が恐怖しているために存在が認知されている。
だが、彼は違ったからな。そこに俺が来たことで、彼は俺に認知され存在することができた。
それでやっと力を使うことができたんだ」
「じゃあ、俺の言った手段は問題なかったわけか」

佐野が今までの状況から判断して言った。

「そうなる。誰かが洞窟に入って、彼と接触していなければ、『娘』は永遠に呪縛から解き放たれることはなかっただろう」

異界の真相を知って、皆しばらく黙した。
なんとか問題は解決したが、全ては孤独という悲しみから端を発している。
最後に救われたとはいえ、悲しみが原因ということで、皆ナーバスになっていた。
それを打ち消すように原田が言った。

「ところで、その男は何者だったんだ?」

他の者も気になっていたらしく、原田が福本を見るのと同時に二人の様子を伺った。
福本は先ほどまでずっと説明をしていたため、少し息が苦しかった。
息を吸い、呼吸を整えて言葉を放つ。

「彼は例の青年だよ。『妖怪』の夫であり、『娘』の父だ」

皆、驚きの表情を浮かべる。
青年は死後、しばらく異界を彷徨っていた。
『娘』に人間の力が与えられ、亡者の軍が結成される際にどさくさに紛れて軍へと参加していた。
さらに、参加する瞬間、封印される『妖怪』と接触することができ、その時、開閉する能力を受け取った。
だが、その力も一種の封印と同じであり、青年は門の前から離れることができなくなった。
そして、そのまま誰かが自分の存在に気づいてもらうまでの間、じっと待っていた。

「彼はうれしそうにその能力を使ったよ。そして、消えてった」

福本は簡単に説明した。
その話の内容から、家族は救われたのだと、皆感じていた。

「皆、感傷に浸るのはいいが、俺達は時間が限られてるからな」

福本はそういうと、札を内ポケットから取り出した。
原田も思い出したように札を取り出す。

「お前達を退治できなかったが、なんかでっかい問題を解決できたみたいだからな。今回は、ちょっとスルーさせてもらう」

原田は時間が迫ってることもあり、急ぎ足で、榎本たちに別れの言葉を告げた。
そして、原田たちはそのまま霧のように消えていった。

「ああいう人間はいいな。だから俺は人間にあこがれるんだ」

榎本は呟いた。
そして、佐野の方を向く。

「佐野、これからどうする?」
「俺は元々、研究者でもあるしな。本に空間転移の術も記録されたみたいだから、気ままにいろんな異界を研究して廻るさ。
何、飽きるほどに時間がある。楽しい永遠を生きるのもまた一興」

佐野はそういって、榎本たちに背を向けた。
そして、そのまま林の中へと消えていく。
姿が見えなくなるまで、榎本は見つめていた。

「私は貴方についていきますよ」

響子は榎本が佐野を見送り終わるのを確認して話しかけた。
榎本は響子と顔を合わせることなく、返事をする。

「言わなくてもわかっている。さぁ、帰ろう」

そう言うと榎本は能力を使って空間を開けていた。
榎本とほぼ同時に響子もその穴に入った。
その時、そっと榎本の横顔を見た。
完全に見れたわけではなかったが、その表情はとても綻んでいたように思えた。



都心部から離れた天狗の山に向けて走る軽自動車があった。
車体の傷はとても酷いが、タイヤだけは新品になっていた。

「やっぱ、遠いな」

助手席に座る原田がぼやいた。
座席を倒して、だるそうに体を伸ばしていた。

「運転している方がしんどいぞ。お前はまだ寝れるだろ」

運転する福本は言い返した。
原田たちは、事後報告と刀の返却のため天狗の山へと向かっていたのだ。
車内では、ラジオのニュースの音だけが鳴っていた。
二人は黙したまま、目的地へと向かっていた。
様々なことが起こり疲れきっていたのが原因だった。
数時間走っていき山へと到着した。
そして、いつもと同じように合図になる手紙を決まった木にくくりつけた。
しばらくすると、天狗から合図が返ってきた。
再び、二人は山の中へと入っていく。

「二人とも、手間をかけさせてしまったな」

木の上から声がした。
烏天狗哨戒小隊の隊長だった。

「あぁ、とんでもない目にあったぜ」

原田は言い返した。
そんな原田を尻目に福本は烏天狗に刀を渡す。

「これのおかげでかなり助かった。大天狗にもそう伝えておいてほしい」
「あぁ、ちゃんと受け取った」

烏天狗は大事そうに刀を受け取り、背中に背負った。
そして、福本は事件の流れを説明した。
死を求める佐野と生を求める榎本はどちらの望みも叶う異界に存在する力を求めた。
それが、事件の発端であった。
そして、そこから起きた『妖怪』と『娘』の出来事など、体験した全てを伝えた。
烏天狗はそれを黙って聞いた。
全て聞き終わると、なるほどと頷いた。

「やはり、君たちに任せて問題なかったようだ」

烏天狗は微笑みつつ、二人に感謝していた。
一通り、用事を済ませた原田たちは、引き上げることにした。

「じゃあ、何かあったらまた力を貸してもらうよ」

福本はそう言って、手を振る。
原田もまた、黙ったまま手を振った。
そして、そのまま車へと向かおうとした。
その時、福本はあることを思い出し、再び烏天狗の方を向いた。

「ところで、異界はどうなった?」

「あぁ、異界か。鬼たちもその後調査にいったらしく、亡者の軍は大部分が榎本に霊力を吸われて、消滅していたが、残った者は全て成仏させられたよ」
「なるほど、それ以外には?」
烏天狗は福本の質問に対し、記憶を蘇らせた。
「あとは、3つの霊体を確認したとか。
単体で行き来するのが基本的な霊体らしいが、その霊体は珍しく3つでずっと一緒に行動していたそうだ。
見ていたらとても仲睦まじい様子だったとか。例えるなら家族のようだったらしい」

それを聞いて原田たちは、まさか、という表情をしていた。

「その3つの霊体も極楽浄土に向かっていたとか、まぁ、あまり詳しくは説明を聞かされなかったからな。
で、どうしてまたそんなことを聞いた?」

烏天狗は一通り事情を話した後、疑問を投げかけた。
原田たちは安心したような表情を浮かべていた。

「いや、別になんでもない」

原田はそう呟いた。
二人は、そのまま帰路へと着いた。
その姿は疲れを感じさせたが、一方で強さも含んでいた。
そう烏天狗は感じていた。
きっと、また何かの戦いに巻き込まれるだろう。
そんな彼らに安息の時間が訪れるように祈りつつ、その姿を見送った。



二人は車へと戻り、乗り込んだ。

「今日は特に仕事もないが」

福本が乗り込むと同時に呟いた。
原田は少し考えつつ、答える。

「特に行くとこもないだろ、やること思いつくまで、その辺うろつくか」
「久々に当てもなく動いてみるか」

福本はエンジンを始動させた。
その横で原田はラジオのチャンネルをいじっていた。
すると、ラジオからは流行歌が流れ出す。
その曲に合わせるかのように福本はアクセルを踏み込んだ。
原田は座席を倒して、くつろぐ気でいた。

「さて、これからどこに行こうか」





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