第一話

「初の失敗」

人気が多い、にぎわった大通り。
それらを囲むように立ち並ぶ雑居ビルの群。
それら、ビル群の路地を抜けていくと、寂れたビルが一つある。
通りに並ぶビルと比べ、明らかに劣化がひどく、「幽霊ビル」とまで呼ばれる建物だ。
ただし、そのビルの存在に気づくものは少ない。
路地の奥だからという理由もあるが、建物としての気配がないのだ。
日々、忙しさに追われる人間達にはそのビルを意識することはまずない。
時間と共に、「存在」自体を消したビルなのだ。
そのビルで唯一、荒廃がひどくない2階に福本は事務所を構えている。

「相変わらず汚いビルだな」

部屋に入ってくるなり、開口一番、原田は言った。
その視線は壁にある染みを転々と追っている
「言わなくてもわかる。その辺りのことは、官僚の方々に言ってくれ」

福本はつかつかと、事務所の奥に行き、自分の机へと腰掛ける。
原田もそれにつられるように、来客用のソファーへと座る。
彼ら二人は、特殊な事項を解決するために組織された特殊機関に属している。
本来ならば、防衛省の下、大組織が創設されるはずだったが、
様々な問題により、私設組織扱いで、このビルに事務所を構えることとなった。
霞が関や赤坂には特殊機関の存在に賛成している人々もいるため、
それなりの支援を受けることはできていた。

「それで、準備のほうだが、どうなった?」

原田の質問に福本は溜息しつつ答えた。

「整ってるよ。だが、もう少し感謝してほしいな。一人でどれだけ奔走したと思っているんだか」
「あぁ、それはいつも感謝しているよ」

棒読みに近い返答だった。
福本は、仕方ないと心で呟く。
そんな福本を気にすることなく、原田は言う。

「さて、じゃあ、予定としては、いつ頃かな?」
「まぁ、今夜だろう。昼から動くわけにもいかん」
「そうか、なら、早く来すぎたか」
「おいおい、出発が夜でも、お前さんは装備の確認をしといてもらわんと」

あまりに適当な発言に、福本は慌てた口調になる。
福本も内心では、原田の発言は、からかいが多分に含まれているとは気づいていた。

「とにかく、強引に事を進めないといけないかもしれないから、装備はしっかり確認しといてくれよ」

福本は自分の机の横に置かれた装備が入ったケースを指差しながら原田に言う。

「わかってる。心配するな」

原田は返答し、ケースを取るために立ち上がる。
自分達で装備を調達できないため、防衛省や警察庁を通して銃火器を手配してもらうのだ。
今回、手元に送り届けられたものはSATと同じ装備であった。

「MP5か、妥当なとこかな」

原田は一通り装備の確認を行うとそれらをケースを閉じた。
装備を直している原田を見つつ、福本が言う。

「そもそも、銃が効くかは怪しいとこだが」
「警備員相手には使えるからいいだろう」
「そうだな」

福本は相槌を打つと、背もたれに寄りかかる。

「ただ、相手は人間だけじゃないからな。見つかったら最後かもしれんな」

福本は、ため息混じりに言葉を発した。
それに対して原田が意見する。

「おいおい、俺がそういうの経験ないと思ってるのか?」

鼻で笑い、福本は返事をした。

「そうだったな。お前さんは人外専用の準公務員と言って過言ではなかったな」
「あぁ、悪意ある人外は大抵蹴散らしてきただろ。今回もそれと一緒さ」

彼らは、この世にいないとされる妖怪や怪物といった人外の生物に対処する特別な私設組織であった。
古くから存在する妖怪・怪物といった存在は人との揉め事を避けるため、
人間と条約を結んだ上で人間の生活圏から離れた場所で生活している。
存在する数は、人間の数に比べ相当に少ないため、人目を避けて生活圏を築くことができ、
さらに人間を超えた能力を持つため、人間に見つかることなく行動することも可能であった。
そのため、人間の多くはそれら妖怪・怪物の存在が空想上のものであると思い込んでいる。
実際は条約の関係上、それらの生物の存在は一般の人間には伏せられることとなっている。
だが、一部の人外・人間が条約を無視して、危害を加えようとする場合がある。
そういった際に福本たちのような組織が行動することになる。
そして、今回は、一部の官僚たちが密かに管理している人外がいることが判明し、それの解決に努めているのであった。
福本は今回、関連する書類を机から取り出すと、原田に手渡した。

「この資料は、今回向かう施設の見取り図だ。よく読んでおけ」
「あいよ」

原田は書類を受け取ると再びソファーへと向かう。

「時間まで装備と書類の確認だけしっかりとな」

念を押すように福本は言う。
そして、椅子に座ったまま仮眠を取ろうと目を瞑った。
数日の情報収集で疲れがたまっていた。



施設の中はしんと静まりかえっていた。
時々聞こえてくるのは、施設内を歩く何者かの足音だけである。
行ったり来たりを繰り返す白衣を着た数名の人間によるものだった。
様々な部屋を行き来しているが、ある部屋の前だけ皆、避けて通るように歩いている。
その部屋は最新の電子ロックにより完全に施錠されている。
内側からあけるのは無理であり、外からであっても一部の人間しか解除することはできない。
部屋の中にいるのは、黒い長髪の女性であった。
口の辺りにマフラーを巻き、真っ白な浴衣式の患者衣を着ている。
その人物は、椅子に座りじっと動かず、ただ呆然としていた。
何を考えているのかもわからず、見る者によっては、
恐怖感を覚えることもあるだろうし、儚さを感じることもあるだろう。
簡単に言うならば、人ならざる雰囲気を漂わせていた。

「ん?」

突如、その人物は動いた。
何かに気づいたかのように周囲をゆっくりと見渡した。
普段と変わらない部屋であるはずだが、違和感を覚えたようだった。
気のせいかと再び正面を見据えようとしたとき、声が聞こえてきた。

「響子、俺について来ないか?」

響子と呼ばれたその人物は、慌てて声がした方を向いた。
声は真後ろからしていた。
振り向いた先に男がいた。
サングラスをし、黒い服装である。
まるで、二枚目映画スターでも気取ってるかのようであった。
響子は警戒し、男に問いかける。

「どうやってここに来た」

その問いを聞き、男はにやりと笑みを浮かべる。
「俺には空間なんてものは関係ない。一目見て感じないか?」

響子はそう言われ、男をしっかりと見据えた。
この場合、五感として捉えようとするのではなく、六感で捉えようとしているようだった。
響子は、はっと気づき警戒を解いた。

「分かればいい」

そういうと、男はベッドに腰掛ける。

「俺には君の力が必要だ。だが、なぜ必要かは今は伝えない」

響子は真意を読み解こうと注意力を増した。

「俺について来る意思があるならば、この部屋から出ろ。
そうでなければ、そのままそこに座っていろ」

男は立ち上がり、ドアに手を触れる。
電子ロックが解除される音がした。

「全てはお前の意思次第だ」

男はそう言って、煙のようにすうっと消えていった。
響子は男が消えた次の瞬間に行動を開始していた。
ドアを開け、部屋の外へと移動する。
鳥篭から飛び立った鳥のように、軽快な動きであった。

「さぁ、行け。現代の畏怖の象徴、”口裂け女”よ!ハハハ!」
どこからともなく、男の声が施設に響いていた。
そして、その声に重なる声は悲鳴だった。



福本と原田は予定時刻に出発し、予定通り目的地に到着していた。
周囲は木々に覆われ、遠くに都市部のネオンが見える。
人口密集地から離れた場所に造られた化学工場のようなところだった。
「おい、なんだこの状況は……」

到着してすぐに、福本は驚きの声を上げた。
目的地であったはずの施設は炎上し、周囲には警察・消防・救急車などが大挙していた。

「”あれ”が逃げ出したのか?」

原田はぼそりと疑問をつぶやいた。

「あぁ、そうだろうよ。でなきゃ、あんな死体はできやしない」

福本は移送される遺体を見つめながら原田の疑問に答えた。

「綺麗に動脈を切り裂いていくなんざ、あいつにしかできない。
刃物の使いに長けた”口裂け女”だけだ!」

福本の怒りの篭った声を聞きつつ、原田は頭を抱えた。

「とんでもないものが逃げ出したもんだ……」
「どこまで、政府が隠せるかも問題だが、今度は管理者がいない状態だ。
何を仕出かすか分からんぞ」

福本は携帯を取り出した。

「原田、俺は支援者のお偉いさんに電話して回る。お前は、いつもどおり公安のふりをして現場の情報収集を頼む」
「了解」

福本の命令を受け、原田は勢いよく車から飛び出した。

「さてさて、これからどうなることやら……」

偽装の警察バッチを確認しつつ、原田は心の中でぼやき続けた。


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