第三章

「情報」

「資料の整理とチェック終わりました」

深狭は整理を終えた資料の山を一課に持って行く資料群の中においた。

「ご苦労さん、次の資料はその辺にあるから、よろしくな」

河原は椅子に背もたれながら、深狭に指示を出した。
仕事をしていないように見えるが、一応、何かの資料を読んでいるようだった。
常に同じことの繰り返しで、深狭が異動してきてから、警務としての活動は一切ない。
深狭は別の資料の山を抱えて、自分のデスクへと戻った。
机の上に資料を並べ、整理を始める。
ついでに、他の資料や欠損したページがないかチェックも行う。
これは、ひどく根気のいる作業だった。
しばらく続けると目に疲労が溜まってくる。

「これで、一先ず終わりか」

深狭は資料を『済』と書かれた箱に納めた。
机の上を一瞥とそこには資料の山。

「次か……」

深狭は次の資料に手を伸ばす。
面倒だ、と考えつつも、ページごとにチェックをする。

「みたことのある内容だな」

深狭は心の中でつぶやいた。
特殊行動班にいた頃に耳にしたことがある事項。
それは、各国の諜報員が行方不明になったという内容である。
その資料には行方不明になった諜報員たちはテロへの加担を示唆していた。
なんとも信じがたい内容だと、深狭は思っていた。
文面の所々に『No Border』と書かれている。
深狭は以前、聞いていたことを思い出していた。
『No Border』というテロ集団が存在するという話だ。
国境や宗教など人を区切ってしまうような思想を排除すべきだと行動している組織だ。
北アイルランドで騒動を起こし、再び、アイルランド問題を加熱させたり、
アルザス=ロレーヌにおいても問題を起こし、ドイツとフランスの友好関係に少なからず影響を与えていた。
線を無くすなどと綺麗事を言っているが、実際は、世界を混乱に導いているとしか思えない。
深狭は面倒なことが起ころうとしているのではないかと思った。
資料整理も忘れ、もっと情報を知りたいと深狭は内容に目を通す。

「おい、ちゃんと仕事しろ」

河原の声で、深狭は我に返る。
呆れ顔で河原は言葉を続ける。

「まったく、次の資料が中々こないと思ったら、資料を読みふけっていたとは……」

河原は深狭が読んでいた資料に目を通した。
瞬間、さっきまでの表情と打って変わり、真剣な顔をする河原。

「すまないが、この資料はチェックしなくていい。こっちで終わらせておく」

ただならぬ雰囲気に深狭は違和感を覚えた。

「ですが……」
「気にするな、これは俺が預かる」

声は普段と同じであるが、なぜか、凄みを感じた。
深狭は言われるがままに資料を渡した。

「じゃぁ、次の資料整理を頼む」

河原は何事も無かったように自分のデスクへと戻っていった。
一体、なんだったのだろう、深狭は疑問を持ちつつも、作業へと戻るのであった。


「さて、そろそろ休憩にするか。みんな、適当にお茶でも飲んできてくれ」

深狭が資料を河原に取られてから、ある程度の時間が経っていた。
河原は全員に休憩するように促した。
皆、「お疲れ様」と口にし、ぞろぞろと部屋を後にした。
深狭は背伸びをし、椅子の背もたれに身を委ねる。
文章という文章を読んでいるため、目に疲れが溜まっていた。
深狭は目頭を押さえながら、ふと、河原に取られた書類が気になっていた。

「テロ集団の話だったな。まぁ、今の自分には関係ない話ではあるけど……」

人事異動により、自分はかつてのように特別な任務に参加することはないと割り切る。
しかし、熱意を持って入局したことを思い出すと、今の境遇には不満を抱く。
その反動からか、本来持つ熱意のためか、どうしても先ほどの書類が気になった。
深狭は、ちらりと河原のデスクに目をやる。
河原は、ちょうど席を立つようである。
その手には、書類鞄があった。
重要書類をどこかに持っていくようだった。
もちろん、その中には先ほどの書類も入っているはずだ。
河原の退席中に書類を盗み読もうと考えていた深狭は断念する。

「仕方ないか」

深狭は一人、心でつぶやき、ため息をついた。

特殊機関とはいえ、人が働いている以上、労働環境は整えられている。
ガラス張りの部屋である喫煙所の隣には、長椅子と円卓、自動販売機があった。
仕事の小休止に各部署の職員が休憩のために、この場所に集まってくる。
場所は狭いが、各部署によって空き時間が違うため、大混雑するということは起きていない。
深狭も、そこの自動販売機にコーヒーを買いに来ていた。

「他の人たちはどこに行っているんだろうか?」

深狭は、栃木たち他の職員が休憩時にどこに行っているのか疑問に思った。
缶コーヒーを振りながら、長椅子に腰掛ける。
どう仕様もない疲れが全身を襲う。
だが、そんな状態でも人の気配というものは、わかるものである。
深狭は、誰かが近寄って来た事のに気づいた。
ふと、顔を上げるとそこには見慣れた顔があった。

「よう、久しぶりだな」
「相田か」

そこには、深狭の同期生である相田勇治(あいだ ゆうじ)が立っていた。
彼とは、諜報機関の基礎訓練から配属されるまで、常に共に歩んで来た仲間であった。
相田は、作戦部第二情報調査課に配属されている。
「なんだ、浮かない顔しているな」
「そりゃ、そうだろう。お払い箱みたいなとこに入れられてるんだから」

相田は、深狭の発言を聞き、にやりとした。

「深狭、本当にそう思うか?」

深狭は、疑問の表情を浮かべる。

「詳細は教えられんが、第二警調課の課長について調べてみるといい。
左遷用に用意されてるような部署じゃないぞ、あそこは」

意味深な答え方をする相田だが、更に意味がわからなくなった深狭であった。

「いいや、部署についての話はこの辺にしておくか」

相田は自ら話題を切り、新しい話題を出してきた。

「そういや、ちょっと、お前さんに伝えときたいと思うことがあったな」
「一体、何だ?」

先ほどとは違う、神妙な態度に深狭は違和感を持った。

「時間あるだろう。ちょっとこっちに……」

相田は、手招きをしつつ、休憩所から離れていった。
深狭は、やれやれ、とばかりにため息をつき、相田の後を追う。

相田は、周囲に人気がないか確認し、資料室へと入っていった。
すぐに外に出てくるだろうと思い、深狭は外で待っていた。
すると、資料室のドアが開き、相田が手招きする。
それに従い、深狭が資料室へと入っていった。
相田は情報調査課のみが目を通すことが許された資料を手にしていた。

「こいつを見て欲しかったんだが」

相田は手に持った資料を深狭に見せようとしていた。

「おいおい、そりゃ規則違反だぞ」

深狭は慌てた。
極秘資料扱いであるものを課外の人間に見せようとしているのだ。
相田はにやりとした。

「まぁ、お前のことだからそう言うと思ったよ」

相田は資料を持った手を引っ込めた。

「本来なら規則違反だが、この情報だけはお前に伝えておいたほうがいいだろうと思ってな」

相田は真剣な顔つきで、話し始めた。

「俺たちは、過激思想を有する自衛隊員が増加しているという情報を持っている。
確かに、そういった傾向は見られる。だが、俺たちが調査したところそういった思想の奴らは、様々な官公庁に入り込んでいるようでな」
唐突な話で深狭は困惑した。
相田は構わず続ける。

「こないだのお前の上司、西村もそういった類の組織に参加していたようでな」
「おい、待てよ」

深狭は相田の話を遮るように言葉を発した。

「作戦部の情報収集能力は知っているが、どこから、そこまでの情報を?」
「まぁ、この件を一任されている原田っていう諜報員がいるんだが、
そいつがかなり深くまで潜り込んだようでな。その関係の資料が多く手に入っている」
「そうか、独自の捜査ルートがあるってわけか」

深狭は情報調査課が様々な手段で情報のルートを確保することを知っていた。
部署は違えど、情報調査課と連携して自分たちが任務を行っていたためである。

「今回の西村の件は、国防族議員も一枚咬んでいるようだ」

深狭は神妙な顔をしつつ、相田の話を聞いていた。

「とにかく、俺が伝えたかったのは、あえて国内でテロ紛いなことを起こさせて、
国防への意識を国内で高まらせようとしている連中がいるって内容だ」
「そうか、前々からそういった噂はあったが、本当に起こそうとしている連中がいたとはな」
「あぁ、とにかく気をつけておけよ。誰がその組織に関わっているか分からない。西村がいい例だ」
「分かっているよ。俺も疑われた身だ。気をつけながら仕事に臨むさ」

相田は、持っていた資料を元の位置に戻した。

「俺は、次の仕事に必要な資料を取ってから部屋を出る。
深狭、先に出てくれ。どの道ここの鍵は俺が持ってることだしな」

深狭は無言で頷き、軽く手を上げ、別れの挨拶をした。
深狭は部屋を出ると後ろ手でドアを閉め、周囲に誰か人がいないか確認した。
今の状態の自分が、資料室付近をうろついてたりしたら、
どんな噂が立つかわからないため、あまり周囲の人に見られたくないと思ったためだった。

「さて、仕事に戻るか」

深狭は背伸びをし、第二警務調査課の事務室へと歩いていった。


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