第四章

「変化」

真夜中の東南アジアのとある港。
人々が寝静まった中、作業を進める人々がいた。

「おい、作業急げ。工程が遅れているぞ」

現場監督らしき男が叫んでいる。
その言葉を作業員たちは聞いているが、速度は変わる気配はなかった。
皆、淡々と自分の作業を進めていた。

「少し遅れそうだが、支障は出なさそうだな」

荷物が運び出されている倉庫の事務室から数名の男たちが作業を見つつ、話をしている。

「しかしながら、中国と日本のいざこざはありがたい話だ」
「あぁ、東南アジアの海上ルートの取り締まりが弱くなったからな」

マラッカ海峡などでは普段から海賊が多く、商船などの安全確保及び海賊取締りのために多くの国が警戒にあたっている。
特に、日本と中国は警戒にあたる代表格ともなっていた。
日本は、自らのシーレーン確保のためと、東南アジアとの関係を強くしたいために行い。
中国もまた、東南アジアが日本やアメリカ寄りになると、ある種の海上封鎖を行われた形になってしまう。
そのため、東南アジアと繋がり強くし、港を設けたいと考えている。
この二国が現在、尖閣諸島問題からいがみ合い、海賊対策への取り組みが少しばかり弱まっているのである。
そのため、密輸業者たちからしては、絶好のチャンスであり、ここぞとばかりに大きな行動を取るようになってきた。

「さて、今回の作業に従事した連中だが、どうする?」
「報酬の話か?それは、売上次第だろう?」
「いやいや、まさか全員に払うわけないだろう」

一番位が高そうな男がニヤリと笑う。

「今後、使えそうな奴以外はここで始末しておいた方が、後々のためだろうと思ってな」

皆、その男の考えが分かり、顔を見合わせ、笑みを浮かべつつ頷いた。

「誰に始末させるかだが……」

男のタバコに火をつけようとした手が突如止まった。
その直後、周囲に轟音が鳴り響いた。

「なんだ?」

動揺しつつも、男たちは倉庫の外の様子を伺った。

「ヘリだ……」

音の正体は、UH-60であった。
倉庫上空をホバリングしている。
数は、2機確認できた。

「警察のものか?」
「いや、警察はブラックホークなんざ持ってない。軍の可能性が……」

男たちが推論を言い合ううちに、UH-60から武装した男たちが、数名ほどラペリングしていた。
武装した男たちは、着地するや、周囲にいる作業員たちを射殺し始めた。
事務所の男たちはもちろん、現場監督、作業員たちは何が起こったのか理解できなかった。
作業員たちは命惜しさに、とにかくその場から逃げようとした。
だが、銃撃から容易に逃れることはできない。
バタバタと、作業員たちは倒れていく。
現場監督は恐ろしくなって、船から海に飛び込んだ。
事務所の男たちは、次は自分たちが殺されると思った。
事実、武装者たちはこの港にいる者は全て殺すつもりでいた。

「裏に車があったな、それで逃げるぞ」
「必要なものは早くしまえ!」

事務所であたふたしながら、逃げる準備を始めた。
だが、その時には、武装者たちのターゲットとなっていた。
武装者たちの一人が手榴弾を事務所に投げ込む。

「あ……」

男たちは、何が事務所に入ってきたのか分かった。
だが、何も対処することはできない。
次の瞬間、黒煙が部屋から上がり、直後に武装者たちは事務所内に銃弾を浴びせた。
武装者の一人が室内の状況を確認する。
それ以外の者は、先ほど荷物が積み込まれていたタンカーへと向かった。
さらに数機のヘリが飛んできた。
そのヘリからまた数名、ラペリングし、タンカーへと乗り込んだ。
一番最後に降りた人物が、周囲を確認し、無線を使う。

「予定通り、タンカーの奪取に成功しました」

無線からは了解した、と返事があった。
その男は、無線を切るとタンカーへと目を向けた。
死体の処理を終えた隊員たちが、続々とタンカーへと乗り込みはじめていた。

「いよいよ、作戦が始まるな」

男は呟いた。



「なんてことだ」

第一情報調査課の事務所内で一人呟く者がいた。
麻薬の密輸ルートを調査していた加藤が発していた。
他の調査メンバーも同じように頭を抱えている。
東南アジアで活発化しつつあった麻薬の取引を一気に確保しようと、しばらくの間、麻薬を取り扱う組織を泳がせていた。
いざ、海路ルートを見つけることができると思った傍ら、謎の武装集団にタンカーを乗っ取られるという事態が発生した。
さらに現地協力者もまた、その情報を発信した数分後に消息不明となっていた。

「失敗してしまった……」

加藤は自分の失態を悔やんだ。
諜報機関に所属して、3年が経過し、やっと指揮官として任された任務だった。
やる気に満ち溢れて、その任務に臨み、後一歩というところまで来ていた。

「とにかく、上に連絡しなければ」

加藤は血の気が失せた表情をしつつ、受話器を取る。
そして、事の詳細を第一情報調査課課長へと報告するのだった。



第二警務調査課の事務所において、いつにない真面目な面持ちで河原は机に向かっていた。
他のメンバーは休憩中に入っており、部屋には河原一人だけだった。
その机の上には、新聞があった。
先ほどまで河原が見てたであろう箇所には、『海賊襲撃!?大型船舶行方くらます』の文字があった。
河原はその記事を見るや、すぐに何かを調べ始めていた。

「まずいな。これは……」

河原は呟いた。
手には、名前がたくさん書かれた書類が握られていた。
それらは、自らが所属する諜報機関の職員の名前から他の省庁・自衛隊・警察などの職員の名前が記載されていた。

「すでにこれだけの面子に容疑があるってことか」

河原が見ている資料は、テロ集団に関わっている恐れのある者の名簿であった。
さらに首都圏の地図を広げ、チェックマークをつけ始める。
それは、頭の中で何かをイメージしつつ、書いているようだった。
河原はもしも首都圏が襲撃された場合のイメージをしていた。
名簿の者たちが何かを起こした場合に備えたイメージであった。
河原は考えがまとまったらしく、電話と取った。
すぐに相手が電話に出た。

「俺だ、河原だ。連中が動きだしつつあるようだ。
前々から話していた件、進めておいてほしい」

電話の相手は河原の言うことを了承すると、そのまま切った。
そして、河原は引き続き、電話をかける。
内容としては、先ほどのやり取りと一緒であった。

「一通りのセッティングはできたと思っていいか」

そう言うと河原は手を顎にあてて何かを考え始めた。
しばらく、意味もなくぼーっとしつつ何かを見つめていた。
そして、河原の中で話が決まったらしく、手を顎から離した。
それとほぼ同時に部屋のドアが開いた。
休憩から戻ってきたメンバーが入ってきたのだった。
皆、それぞれの席に戻って書類チェックの作業に取り掛かろうとしていた。
少し遅れて、深狭が入ってきた。
深狭も皆と同じように席に着き、作業に取り掛かる。
その深狭を見つつ、河原は声をかけた。

「深狭君、ちょっと自衛隊の立川駐屯地に行ってもらいたい」

突然のことで、深狭は疑問に思った。

「わかりました。しかし、なぜ突然?」
「ちょっとな、仕事を頼みたいと思って。警務班で立川に行って欲しい」
「調査か何かですか?」
「うーん、まぁ、そんなところだろう。とにかく必要になったら声が掛かるはずだ。それまで待機を頼む」

河原は日時などの説明を行った。
深狭は戸惑いつつも、本来の仕事らしい仕事だったので、気分転換にちょうどいいと思っていた。

「栃木、外での任務は珍しいのか?」

深狭は軽く栃木に質問してみた。

「そうだな。滅多に外に出ることはないからな。まぁ、出張とでも思ってがんばろうや、班長」
「あぁ、そうだな」

深狭は栃木のタメ口にも慣れていた。
出立は明日の午後からだった。
とりあえず、今日はいつもどおりの作業だなと、深狭は仕事に専念した。
河原は何かを思い出したように加賀宮に声をかけた。

「加賀宮君、君も立川に行ってくれ。事務所との連絡係などで働いてもらいたいからな」
「わかりました」

加賀宮はにこりと笑い、返事した。
事務処理などについてはベテランと言って良い加賀宮だが、なぜ今回、自分達と一緒に行動するのだろうと、深狭は疑問に思った。
やはり、この課は不思議だと改めて思っていた。


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