第二章

「会議」

首相官邸地下の会議室は重苦しい空気に包まれていた。
安全保障会議が開始されたものの、外務大臣と防衛大臣との間で治安出動に関する事項でもめていた。
さらに、警察庁、海上保安庁も外務大臣の肩を持って治安出動に反対している状況だった。
明らかに蚊帳の外にある諜報機関であった。
諜報機関より派遣された真辺徳一は空気の重圧に押し潰されつつあった。

「えーと、皆様、かなり重要なお話なのですが」

真辺は空気に耐えつつ、発言した。
第一声の後に、掲示物の準備をしようとした瞬間、横槍が入った。

「君には発言を求めておらんぞ」

お決まりの台詞だ、と真辺は思いつつ、声のしたほうを振り返った。
外務大臣だった。
厄介なのに目をつけられたぞ、と真辺は冷や汗をかいた。

「いや、構わない。話してくれ」

総理、柳田邦孝が助け舟を出した。
柳田はCIAのような諜報機関を有することを望んでいる。
真辺は、柳田の援護もあって、ここぞとばかりに言葉を続けた。

「まず、このスライドを見てください」

真辺は自ら、プロジェクターを操作して、スクリーンにスライドを映した。
衛星写真であった。
場所は、中国広東省南部辺りであろう。
先ほどまで、言い争っていた人々は突如、黙してスクリーンを見つめた。

「これは、中国海軍南海艦隊の基地です」

スライドがアップされ、豆粒のようなものが海上にあることがわかる。

「これは、水上戦闘艦です」
「いや、それは見ればわかるが?何を言いたいのだね?」

外務大臣は、真辺が何の話をするのか、趣旨を掴めず、意見した。

「はい、この水上艦群ですが、数年前より主力フリーゲートとして配備された054A型、八隻です」

一同は、思わず耳を疑った。

「まて、あれは最新艦だぞ。それを八隻も?最大で十隻だったはずだが、最新艦のほとんどを南海に集めたのか」

防衛大臣が自分の持てる情報で発言した。

「はい、しかも、この八隻の周囲を、053型シリーズが固めています。
恐らく、彼らはいつでも戦闘できるように主力艦隊を尖閣諸島に派遣するつもりでしょう」

真辺の情報で会議室の一同は、日本の危機的状況を把握した。

「総理、やはり、海上自衛隊に治安出動を」
「巡視船じゃ、あんなものに太刀打ちできません」

防衛大臣、海上保安庁長官は口をそろえて、海上自衛隊の出動を求めた。

「いや、海軍を使っての圧力は以前よりあった。今ここで、中国の挑発に乗っては今までの外交努力が水の泡となる。
ここは、静観を続けるべきでしょう」

外務大臣は、真っ向より、自衛隊出動に反対した。
そこからは、罵詈雑言の嵐だった。
誰もが自分の意見を言おうと、言葉の押し合い圧し合いが始まった。
また始まった、真辺は心底苛立った。
日本のトップはいつもそうだった。
解決策をひとつ出せば、それに文句をつける。
そして、文句をつけても明確な解決策は何も出さない。
それが、決議などに影響し、だらだらと決定に時間がかかる。
醜態だ。
ここが変わらなければ日本は世界と渡り合えない。
真辺は言い争いに収集をつけようと発言のタイミングを計る。

「みんな、落ち着きなさい。それでは何も決まらない」

真辺がタイミングを掴む前に柳田が場を収拾した。

「中国海軍が挑発にせよ、攻撃するにせよ。艦隊が進行していることには違いない。
ならば、対処するのが主権国家としてやり方だ」

柳田は一同を見渡した。
「しかしながら、自衛隊を治安出動するというのは世界に動揺を与えかねない。
よって、海上警備行動が妥当だと私は判断する」
「確かに、不審船問題で海上警備行動を発令したとすれば、あまり大きな問題とはなりますまい」

防衛大臣は柳田の言葉に頷きながら賛同した。

「しかし、自衛隊が出動するのに変わりはありません。それは結果として他国を刺激します」

外務大臣は未だに反論する。
柳田はそれに対応した。

「我々が撃ってこないと、彼らは知っているだろう。
だが、実際に護衛艦が目の前にあるとなると、緊張感は違うだろう。
兵器としての抑止力を、今ここで使わず、いつ使うというのかね?」
「しかしながら……」

外務大臣は言葉に詰まった。
誰も援護してくれない状況で、自分も反論の文面が思いつかない。
これにより、外務大臣は折れ、渋々ではあるが、同意した態度を見せた。
真辺はやっと、発言する機会が訪れたと感じた。
真辺はまだ伝えなければならない事項を引き続き報告した。

「さらに、問題は中国だけではありません。最近、テロリズムの波が極東に達しているようなのです」

真辺は現在、有している情報の7割程度を報告した。
すべてを報告しては、誰がどこで情報を漏らすかわからない。
多数に知られてはいけない情報、諜報機関内部に裏切り者がいたという事項は、全く触れずに報告を行った。
柳田をはじめ、閣僚は息を呑んだ。

「なるほど、行動目的は全く不明なわけか」

柳田は腕を組み考え込んだ。

「はい、彼らは中国とのいざこざを隠れ蓑にし、日本に上陸するつもりだと思われます」
「尖閣諸島に目が行っている間にか……」

柳田は何かを決めたようだった。

「では、中央即応集団、SAT、海上警備隊を中心とした、テロ対策連合部隊を結成させよう。
あくまでこれは予備策としての決定である。何かがあれば直ちにこの予備策を始動する。異論は?」

普段ならば、反論が各所から出るところであるが、異常事態と柳田の勢いに押され、皆、言葉を詰まらせたようだった。

「予備策なら……」
「訓練の一環ともなる」

小声で柳田の意見を肯定する言葉が聞こえてくる。

「異論はないようですな」

防衛大臣が嬉々とした想いを隠しつつ、発言する。
彼は、かつてより暖められてきた中央即応集団がついに活躍できるとし、誇らしかった。

「ほかに何か、連絡事項はあるのかね?」

柳田は真辺を見つめ、確認をする。
真辺は柳田の鋭い目つきに押されそうになりながら、返事をする。

「はい、私が伝えることは以上で終わりです」
「そうか、では、これでは防衛省、警察庁、海上保安庁など関係各所に連絡をとり、
対テロ活動時の編成などについて話しあわせよう。では、以上で解散とするが?」

誰も異論はないようだった。

「それでは、私は北海道を訪問せねばならんので、お先に引き上げさせてもらう」

柳田はそういうと、きびきびとした動きで会議室を後にした。
それに続くように閣僚たちが次々と立ち上がり、帰っていく。
真辺は無駄に疲れた肉体と精神を少し休ませてから外に出ようと考えた。

「本当に、いやだな。お偉いとの会議……」

真辺は机に伏して、嗚咽を漏らした。



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